日本発で、今や世界中のハードディスク装置(HDD)に使われるようになったデータ記録技術「垂直磁気記録」。Tech-On!では2013年5~7月に、この技術の開発を進めた技術者たちの物語「垂直磁気記録、30年の苦闘」を連載した。1970年代に垂直磁気記録を提唱した人物が、東北工業大学 理事長の岩崎俊一氏。日経ものづくりが研究者・技術者としての心構え、そして信念に迫ったインタビューを2回にわたって紹介する。(聞き手は日経ものづくり編集長 荻原 博之)

いわさき・しゅんいち:1926年福島県生まれ。1949年東北大学工学部通信工学科卒業、同年東京通信工業(現ソニー)入社。1951年東北大学電気通信研究所助手、1958年同大学助教授、1959年工学博士号取得、1964年同大学教授、1986年同研究所所長、1989年同大学名誉教授、東北工業大学学長。2004年東北工業大学理事長に就任し、現在に至る。1987年に日本学士院賞、文化功労者表彰、2002年にAchievement Award of the Magnetics Society、2003年に瑞宝重光章など、数々の章を受章。(写真:栗原 克己)

 「垂直磁気記録方式の開発による高密度磁気記録技術への貢献」ということで、2010年の「日本国際賞」を頂きました。30年前に東北大学電気通信研究所の一室で生まれた着想が世界各地に根付き、2010年中にはすべてのHDD(ハードディスク装置)が垂直磁気記録方式になるといわれるまでになった。

 自分で生み出した技術が量産化・市場化していく光景を直接見られるのは、技術者冥利に尽きる。研究は、みんなが造って、みんなが使って初めて完成ですから。

 この垂直磁気記録方式は、磁化という現象を根本的に問い直すことにより、考え出されました。そのきっかけになったのが、ロシアの文豪、トルストイの「戦争と平和」。垂直磁気記録に直接結び付くわけではないけれど、その前の基礎理論を作る段階でヒントになった。

 戦争と平和では、ロシアに侵攻する、ナポレオン率いるフランス軍の様子が描かれている。ボロジノの戦いでは、フランス軍が一見進んでいるようにみえるものの、兵力には多大な損失があった。このエネルギのロスが最終的な敗退の原因になったと、トルストイは「慣性の法則」を用いて詳しく説明しているんです。僕はこれをとても面白く読んでね、文学者でも、こういうものの見方をするんだと感銘を受けた。

 翻って、自分が今まで目にし、解釈してきた、磁界を加えれば磁化するという考え方は、実は非常に表面的ではないか、と思い直すに至った。磁界が磁性体に加わるときにも、慣性の法則と反作用がある。磁化した瞬間には反作用が生じ、その反作用がまた周囲の磁化を決める。つまり、周囲に磁界を作り、それが足されて磁界が決まっていくんです。

 このように、磁性体の磁化現象は作用と反作用が一緒になって進むという理論を、僕は作った。垂直磁気記録の原点は、文学者だって科学現象を根本的なところから考えているのに、まして本職の科学者が磁界を加えれば磁化するなどと表面的な思考にとどまり、原理をなおざりにしていてはいけないと考えて、磁化現象を根本的に見つめ直してみたわけです。