私が初めてパソコン(PC)を見たのは、小学生の同級生の家に遊びに行ったときだったと思います。その同級生はNECのPC8801を持っていて、カセットテープに記録された野球ゲームで遊んでいました。コンピュータ・ゲームがそれほど一般的ではなかったこともあって、とても羨ましかったのを覚えています。

 当時のPCは電源を入れるとBASICの画面が起動し、コマンドを打ち込んでゲームを読み込むのが一般的でした。電機業界やIT業界で活躍されているソフトウエア技術者の中には、ゲームを遊ぶためにBASICのコマンドやプログラミングについて学び、それがこうじて現在の職業に就いた方も少なくないと思います。

 しかし今は専用のゲーム機が広く普及し、多くの子供がコンピュータ・ゲームで遊ぶようになりました。PCも一般家庭に広く普及しています。それどころか「スマートフォン」という高性能コンピュータを一人一台持つ時代です。それにもかかわらず、日本では若者の理系離れが社会問題になっています。特に電機/IT業界では、ソフトウエア技術者の不足が深刻視されている状況です。

 ソフトウエアやデバイスは身近なものになったのに、なぜソフトウエア技術者を志す若者が減っているのか。もちろん電機/IT業界の構造的な問題もあると思いますが、私はソフトやデバイスを使いこなすことが「簡単になった」ことも一因ではないかとみています。昔の子供はPCでゲームを遊ぶために、四苦八苦してBASICのコマンドやプログラムを学びました。しかし、今はそんな苦労をすることもなく、簡単にゲームで遊んだりネットを楽しむことができます。

 つまり、ややこしくて難しい部分は「ブラックボックス化」されたということです。もちろん、より多くの人に使ってもらうには簡単なことが不可欠ですから、その方向性を否定するつもりはまったくありません。でも、すべてがそちらに向かってしまうのはつまらない。特に子供が触れるコンピュータは、昔のPCのように「使いこなすにはそれなりのスキルが必要だけれど、そこが子供の想像力をかき立てる」といったものがあってもいいんじゃないか。

 そんなふうに漠然と考えていた2012年2月、NPO法人の英Raspberry Pi Foundationがボード型PC「Raspberry Pi」の受注を開始したことを知りました。子供の学習向けという製品にもかかわらず、基板はむき出し(ケースが付属しない)で、ユーザーによるOSのインストールも必要という潔さです。コンピュータとしての性能はそれなりですが(とはいえ一昔前のスマートフォン並み)、25米ドルという価格はかなりのインパクトがあります。玩具としてみても、それほど高くはありません。

 とはいえ、ボード型PCは相当にマニアックな製品。私は当初「ガジェット好きしか買わないのではないか」と心配していました。しかし実際には、私が思った以上に子供に受け入れられているようです。2013年5月時点で全世界のユーザー(出荷台数120万~130万台)のうち、子供が占める割合は2割前後とのことです。20万人以上の子供がRaspberry Piで遊んでいるというのは、かなりすごいことだと思います。日本はまだ子供のユーザーが少ないとのことですが、ドキュメントの日本語化なども進んでいるようなので、若年層への普及は十分に期待できるとみています。

 日経エレクトロニクスの7月8日号では、Raspberry Pi Foundationの創設者であるEben Upton氏へのインタビューを掲載しました。このインタビューでは、Upton氏がRaspberry Piを開発した経緯や目的を語っています。ご興味を抱かれた方は、ぜひご一読いただければ幸いです。