6月中旬、ドイツBosch社が開発している自動運転車に乗る機会がありました(Tech-On!の関連記事)。二人の技術者が同乗しての試乗で、彼らの説明を聞きながら感じたのが、自動運転車の開発は意外と泥臭いところが重要なんだな、ということ。

 もちろん自動運転車は最先端の技術の集合体。車両の周囲の状況を多くのセンサで把握し、その情報をコンピュータで処理しながら走行経路を計算し、障害物を避けつつエンジンやブレーキ、ステアリングを制御します。すごいのですが、実現する上で意外と重要なのがあらかじめ用意した地図情報だとBosch社の技術者は言います。自動で走る地域の3次元地図情報をくまなく測って集め、その地図と照合することで現在位置の推定精度を高めているというのです。誤差は大きくて十数cm。

 そこになにやら泥臭さを感じ、コンピュータ制御技術の塊と言える自動運転車になんだか人間くささを覚えるのです。センサの情報でその場の周辺状況を認知して判断し、操作するという、人の手がほとんど介在しないなんとなく洗練された技術のように感じていました。

 話を聞いていると、地図情報をくまなく集めるという発想は、これまで現実感がない手法としてあまり真剣に考えられなかったものだといいます。自動運転に関する研究の歴史は長いのですが、研究者はどちらかというと、なるべく地図情報に頼らず、未知の世界を自在に走り回れる制御技術の研究に力を注いでいました。走る地域のすべての地図情報をあらかじめコンピュータに用意するのは、私の想像ですが、「やればできるだろうけど、なんだか邪道だしスマートじゃないよね」という、研究者の自負心みたいな思いを抱くのかもしれません。それに、これまた想像ですが、地図がない場所を走れないのはなんだかクルマじゃないよね――そんな考えもありそうです。

日々変わるのがくせもの

 自動運転車で自車位置を推定する手法としてよく使われるのが、「SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)」と呼ばれる、自律移動ロボットでよく使われる手法。レーダの情報をリアルタイムで集めながら周辺地図を作り、その地図情報と新しい観測値を照合し、自車位置の推定精度を高める手法です。

 自律移動ロボットの開発でSLAMの意義は、地図情報をあらかじめ用意することなく動きながら現在位置を推定できる点にあります。ただ自動車の場合は路面の振動が大きく、レーダの誤差が大きくなりがち。誤差の大きな情報を基にSLAMで計算しても、自車位置を正しく推定するのは難しい。そこで研究者は工夫を凝らします。センサを少しだけ増やしたり、地図情報の代わりに小さなマーカを少しだけ置いたり、と。

 そんなことに時間をかけて少しずつ精度を上げていくなら、地図をすべて測ってあらかじめ持っておけばいいじゃないか。それなら実用は早い――。Bosch社の技術者は、そう世界に問いかけたのがGoogle社だと言います。Google社は、開発中の自動運転車をカリフォルニア州やネバダ州の公道で走らせています。その車両には、同社が事前に作った街の3次元地図情報をすべて取り込んでいます。

 少し考えてみると、それで十分そうです。地図のない道なき道をクルマで走る機会は、少なくとも私の人生には今のところありません。見知った道を走ることがほとんどですし。

 いま、世界中の自動車関連メーカーが自動運転車の開発に取り組んでいますが、各社の開発車はBosch社と同様に、Google社の発想に近いもの。そしてGoogle社には、そんな泥臭い発想を実際にやってのけた実績もあります。街中の風景や本をすべて電子化してWebサイトで公開してしまおうといった取り組みがそれ。

 ただ、Bosch社の技術者が課題として挙げていますが、地図は日々変わるのがくせもの。それをどう最新情報に更新するのか。おそらく、誰かのクルマが建物が変わったことを見つけ、その情報をすべての車両で共有する仕組みがいるのでしょう。インターネットの得意とする領域と言えそう。Google社が自動運転車の開発に入れ込むのが分かるというものです。

 もちろん実用化するまでには泥臭い作業がまだまだ山積みです。Bosch社の技術者は事故の責任問題といった制度面の課題に加えて、ソフトウエアやハードウエアの信頼性をどこまで高められるのかが最も高いハードルとみます。

 起こりうる事象をすべて洗い出して対策するという、泥臭さの極みと言える作業をやり抜いてこそ信頼性を高められます。普通のクルマを造る場合でも大変な作業ですから、自動運転車となればなおさらのことでしょう。心配なのは、高橋史忠記者が書いているように、Google社には少々あきっぽいところがあるところ。ぜひやり抜いてほしいのですが。