メーカーも決まってないのに

 「一体どうやって設計しろっていうんだ。まだデータ通信モジュールの大きさも決まっていないのに」

 畑野や本橋たちがデータ通信モジュールの開発先を求めて奔走していた時期,ほかにも頭を悩ませている技術者がいた。本橋の下で開発の実務を担当していた田上睦朗である。

田上睦朗(たのうえ・むつろう)氏
田上睦朗(たのうえ・むつろう)氏
1987年,パイオニアに入社。川越工場のカー・オーディオ設計部門で主に全世界向けのカー・ステレオ製品の開発に携わり,チューナ系やシステム系の回路担当として設計業務に従事する。1994年,同工場の情報システム部門に異動,工場のネットワーク化に合わせたシステム導入の検討や,PDM(product data management)システムの開発に携わる。1996年,開発部に異動し,業務用GPS受信機の開発を行う。その後,GPS受信機を含めた測位ユニット開発に着手,HDDカーナビや「DVD楽ナビ」に向けてユニットを提供する。2001年8月から通信カーナビの製品化の検討に参加,そのまま製品開発のプロジェクト・リーダーになる。(写真:柳生貴也)

 データ通信モジュールの開発メーカーすら未定なのだから,その外形寸法など分かるはずもない。だからといって,モジュールの開発先が決まってから設計に取り掛かっていては,2002年秋の製品化に到底間に合うわけがない。

 今のところハッキリしているのは,開発すべき通信カーナビは車から取り外して家の中でも楽しめることくらい。そのために,普通は分離している液晶モニタと本体を一体化することになっていた。携帯できる小型の筐体に,液晶モニタを含めたほとんどの機能を収める必要がある。

 「手始めに何かを決めないと,先へ進めない」。田上はカーナビ本体の大きさをまず定めた。使う液晶モニタは6.5インチ型。ここから本体の大きさは大まかに決まる。奥行きはできるだけ薄くしたい。この中に

 部分の機能を詰め込むのだ。データ通信モジュールの大きさを想定しながら2回ほど試作品を作ってみた。

 「……」

 入らない。とてもじゃないが,すべての部品を筐体内に収めることはできなかった。田上は岩動やデザイン部門に掛け合う。

 「この部分,もう少し厚くしていい?」

 「ダメダメ。見た目がおかしいですよ」

 「じゃあ,これくらいならどう?」

 「うーん,それもちょっと…」

 「そうか…。こりゃあ,厳しいなあ」

 先行きの道のりのあまりの長さを思って,田上はめまいを覚えた。

(文中敬称略)