日経テクノロジーオンライン

青ざめた韓国

新分野を切り開いた熱い技術者魂の物語(第9話)

2013/09/17 00:00
田野倉保雄
出典:日経エレクトロニクス2003年4月28日号pp.165-167 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

何よりも時間が欲しい。
パイオニアでカーナビ技術陣の取りまとめ役だった、
本橋実の願いは切実だった。
製品の早期投入か,あくまで商品性にこだわるべきか…。
揺れる気持ちの中で、本橋は早期投入を決断する。
迎えた2001年の東京モーターショー。
そこでパイオニアは賭けに出た。

 「あのー,このカーナビはいつごろ発売されるんですか」

 「まだ試作品なんで…。発売時期は未定です」

 「そうですか。早くこういうカーナビが欲しいですね」
「ありがとうございます。まあ,そう遠くない将来に製品化できると思います」

 「じゃあ,このカーナビが製品化されるまで,カーナビを買うのを待ってようかな」

 2001年10月末~11月初旬に開催された「東京モーターショー」。パイオニアは通信カーナビの試作品を展示し,その先進性を大々的にアピールした。多くの来場者が足を止め,試作品に興味を示してくれた。
  だが,いくら試作レベルといえども,開発中の次期製品を展示会で公開するのは異例のこと。

 「これじゃあ,ライバル・メーカーに手の内を見せることになる。展示会に試作品を出すなんてナンセンス」

 通常ならば,社内でこうした議論が噴出するのが当然。しかし,パイオニアの事情は違っていた。試作品を公にしなければならないほど,にっちもさっちもいかない状況に追い込まれていたのだ。

韓国メーカーが手を挙げる

 商品企画部の畑野一良らを悩ませていたのは,カーナビに内蔵するデータ通信モジュールを開発してくれる部品メーカーが見つからないことだった。どのメーカーに足を運んでも興味は示すものの,最後には及び腰になった。「パイオニアは,本気で通信カーナビを製品化するのか」「通信カーナビは,どの程度売る計画なのか。データ通信モジュールの数量を,パイオニアはある程度保証してくれるのか」――。

 膠着した議論を吹き飛ばすためには,東京モーターショーは絶好の機会だった。パイオニアのやる気を見せつけて,何としても部品メーカーを振り向かせたい。ブースに立った説明員たちはデモを見にきた来場者に対して,一生懸命説明した。たとえそれがライバル・メーカーの技術者だったとしても…。

 パイオニアのブースには老若男女取り混ぜて,大勢の来場者が訪れた。その中に開発の行方を左右する人物がいたことに,説明員は一人として気付かなかった。

本橋実氏と岩動恭二氏
本橋実氏と岩動恭二氏
パイオニアの本橋氏(写真左)や岩動氏(同右),KDDIの原口英之氏らはデータ通信モジュールを求めて,韓国へ出向いた。(写真:柳生貴也)

本当に大丈夫か…

 「うわー,予想以上に寒いですね」

 「とりあえず早く移動しよう」

 2001年12月。ハードウエアの開発の責任者である本橋実や,商品企画部の畑野の部下である岩動恭二,KDDIの原口英之らは,厳冬の韓国に乗り込んでいた。

 苦肉の策だった東京モーターショーのデモは実を結ばなかった。部品メーカーの関心は高まったものの,即座に協力を申し出る企業は皆無だった。畑野や本橋らが焦り始めたころ,パイオニアの期待に唯一応えてくれそうなメーカーが現れた。原口が紹介してくれた韓国メーカーである。既に何回か日本で話し合いの機会を持ち,好感触を得ていた。ただ,実際に契約を結ぶには,直接現場の技術者と対面し,開発や製造の現場をこの目できちんと見ておきたい。そのための訪韓だった。

 名刺交換もそこそこに,本橋らはデータ通信モジュールの要求仕様を語りだした。車載部品は家電製品などで使われる部品とは,求められる特性が大きく異なる。激しく揺れる車内でも問題なく使用できる高い耐振動性や,-40℃~+85℃といった広い使用温度範囲での正常な動作が求められる。

 するとどうだろう。先方の顔色が見る見る青ざめていく。本橋らが細かく,そして深く説明すればするほど,車載部品を開発することの難しさを次第に理解していくようだった。どうやら,この韓国メーカーが車載部品を開発するのは初めてのようだ。これで本当に大丈夫か…。説明する本橋たちにも不安感が広がった。

 会合を終えて,本橋らは帰国の途に就いた。本橋らの懸念は,出国前よりむしろ大きくなっていた。

メーカーも決まってないのに

 「一体どうやって設計しろっていうんだ。まだデータ通信モジュールの大きさも決まっていないのに」

 畑野や本橋たちがデータ通信モジュールの開発先を求めて奔走していた時期,ほかにも頭を悩ませている技術者がいた。本橋の下で開発の実務を担当していた田上睦朗である。

田上睦朗(たのうえ・むつろう)氏
田上睦朗(たのうえ・むつろう)氏
1987年,パイオニアに入社。川越工場のカー・オーディオ設計部門で主に全世界向けのカー・ステレオ製品の開発に携わり,チューナ系やシステム系の回路担当として設計業務に従事する。1994年,同工場の情報システム部門に異動,工場のネットワーク化に合わせたシステム導入の検討や,PDM(product data management)システムの開発に携わる。1996年,開発部に異動し,業務用GPS受信機の開発を行う。その後,GPS受信機を含めた測位ユニット開発に着手,HDDカーナビや「DVD楽ナビ」に向けてユニットを提供する。2001年8月から通信カーナビの製品化の検討に参加,そのまま製品開発のプロジェクト・リーダーになる。(写真:柳生貴也)

 データ通信モジュールの開発メーカーすら未定なのだから,その外形寸法など分かるはずもない。だからといって,モジュールの開発先が決まってから設計に取り掛かっていては,2002年秋の製品化に到底間に合うわけがない。

 今のところハッキリしているのは,開発すべき通信カーナビは車から取り外して家の中でも楽しめることくらい。そのために,普通は分離している液晶モニタと本体を一体化することになっていた。携帯できる小型の筐体に,液晶モニタを含めたほとんどの機能を収める必要がある。

 「手始めに何かを決めないと,先へ進めない」。田上はカーナビ本体の大きさをまず定めた。使う液晶モニタは6.5インチ型。ここから本体の大きさは大まかに決まる。奥行きはできるだけ薄くしたい。この中に

 部分の機能を詰め込むのだ。データ通信モジュールの大きさを想定しながら2回ほど試作品を作ってみた。

 「……」

 入らない。とてもじゃないが,すべての部品を筐体内に収めることはできなかった。田上は岩動やデザイン部門に掛け合う。

 「この部分,もう少し厚くしていい?」

 「ダメダメ。見た目がおかしいですよ」

 「じゃあ,これくらいならどう?」

 「うーん,それもちょっと…」

 「そうか…。こりゃあ,厳しいなあ」

 先行きの道のりのあまりの長さを思って,田上はめまいを覚えた。

(文中敬称略)