胸ポケットからA4判の紙

 畑野からの電話を受け取った清水は,すぐにピンときた。「畑野のやつ,また何かたくらんでいるな。今度は一体,どんな話を持ってくるのやら。またウチに片棒を担がせようってことか」。清水にとっても畑野からの相談は,うれしくもあり,何よりも心をワクワクさせる。

 そんな2人が決まって落ち合う「いつもの場所」が,通称「タバコ部屋」である。大事なことは,そこでタバコをくゆらせながら決める。それが,新たな挑戦を前にした2人の「儀式」だった。

 「最近どうですか,調子の方は」

 畑野はタバコに火を付けながら,清水に話し掛ける。

 「そうだなあ,結構忙しいよ。どうなの,そっちは」

 対する清水もタバコを吹かしながら切り返す。

 「HDDカーナビの方も,商品化のメドがだんだん付いてきまして」

 「うん,うん」

 「HDDをカーナビに載せるのって,かなり苦労はありますけどね」

 「まあ,そうだろうな」

 「結構大変なんですよ,HDDメーカーとの折衝って…」

 「ふーん」

 「そうそう,この間もこんな話がありましてね…」

 「うん,うん」

 2人の間に緊迫感はない。だが,清水は畑野からあるニオイを感じ取っていた。今日の相談は重いな,と。畑野がなかなか本題に入ろうとせず前置きが長いときには,決まって重要案件を自分に持ってくる。