(図)合成クモ糸「QMONOS」で作ったドレス
(図)合成クモ糸「QMONOS」で作ったドレス
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日本で育まれた多能工の発想

 でも、この体制には決定的な弱点がありました。「誰も全工程を見渡せる人がいない」ということです。これでは、どこにボトルネックがあるのか、どこをどう改善すれば全体の効率を上げられるのかが見えづらくなります。加えて、「それぞれの小チーム間での意思疎通や情報交換がスムーズにいかない」という問題も出てきます。各チームが全くの異分野の研究をしているのですから、相手の言っていることをすぐに理解できないのは当然のことでしょう。

 関山氏は、こうした分業体制の問題点を理解した上で、スパイバーの開発体制を整えました。関山氏を含め、スパイバーの社員は特定分野の専門家ではありません。言ってしまえば「素人」です。ただし、クモ糸合成に必要な知識は、その分野の専門家に教えてもらったり文献を読みあさったりして端から取得していきました。開発拠点は1カ所とし、社員が互いに情報交換しやすい環境も取り入れたといいます。

 もうお分かりのことと思います。この開発体制は、多品種少量生産を可能にする工場の生産体制によく似ています。分業化を進めることで各工程の「専門家」を作るのではなく、幅広い工程を受け持てる「多能工」を育てるやり方は、日本の工場ならではの発想です。スパイバーの開発体制は、「いかにも日本らしい」と言えるのではないでしょうか。

 もちろん、大学発ベンチャーとして起業した関山氏らが工場の生産ラインをヒントにしたとは思えません。でも、日本で生まれ育ってきた中で、「肌感覚」としてそうした思想を身に着けていたとしたら…。私には、スパイバーの偉業が、日本のものづくりの先人たちがいたからこその偉業でもあるように思えてならないのです。