安倍政権は発足以来、大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略という「3本の矢」により円高・デフレから脱却し、経済再生を図る政策パッケージ、いわゆる「アベノミクス」を提唱してきた。「3本の矢」の第1、第2の矢については、復興対策の息切れ、円高、海外経済の不振、中国での日本製品へのボイコットにより5年間で3度目となる景気後退の危機から脱し、景気を上向かせたという点でおおむね政府の期待通りの効果を発揮したといってよい。

 「第1の矢」である機動的な財政政策として打ち出された平成24年度補正予算は、内閣府によると関連事業は6月1日時点で調査対象の81.5%で民間企業との契約等が行われ、4月の公共工事前払金保証統計では公共工事発注者別保証実績請負金額は前年比28.6%増と急増しており(図1)、今年度予算とともに公共投資は2014年度の景気の下支え要因となると考えられる。

図1 公共工事事前前払い保証実績
[画像のクリックで拡大表示]

 また「第2の矢」である金融政策も、日銀は1月の金融政策決定会合で消費者物価指数を2%にする物価目標を導入、4月の金融決定会合ではおおむね2年以内に物価目標を達成するため、マネタリーベースの残高を1年で2倍に、国債保有額を2倍以上に高め、国債の保有年限も長期化させる「量的・質的金融政策」を導入した。この思い切った金融政策は円安効果をもたらし、輸出企業の業績回復期待と株価の上昇から、企業及び消費者マインドは大きく改善した。またマインドの回復と資産効果から消費が拡大し、第1四半期の実質GDP成長率は前期比年率4.1%増となった。

 ただ日銀の大量購入の開始以来、日銀の思惑通り利回りは低下しておらず(元来、景気回復と物価上昇を目指すなら国債利回りは上昇しやすいが)、債券市場は不安定な状態が続いている。市場の安定には政策調整は必要であり、物価目標が達せられない公算が高まれば、追加緩和の可能性も高まろう。日銀はインフレ期待に加え、輸入価格の上昇と構造改革の進展によりインフレ目標の達成は可能としているが、持続的な物価上昇には需給ギャップと賃金デフレの解消も必要である。

 第1、第2の矢による効果は短期的な景気浮揚効果であり、第3の矢である成長戦略への取り組みが最も重要であるのは疑いない。過去20年の実質GDP成長率の実績値を労働、資本ストックの投入と技術進歩(全要素生産性上昇)に分解して見てみると、労働による寄与は既に90年代よりマイナスとなっており、バブル崩壊以降の成長率の低下は資本ストックの伸びの低下が主因である(図2)。

図2 日本のGDP成長率と要因分解
[画像のクリックで拡大表示]

 90年代のバブル崩壊と過剰投資の処理が尾を引いたとはいえ、投資の内容は能力増強型から設備維持型もしくは合理化省力型が主流となり、企業設備のビンテージは長期化してきた。金融危機後は企業の収益の悪化と円高、デフレによる設備過剰感から、設備投資が減価償却を下回り、実質的に設備が目減りする水準にまで落ち込んでいる(図3)。

図3 新規設備投資と減価償却費の推移
[画像のクリックで拡大表示]

 足元はやや改善しているものの、この状況が続けば足元は1%を切っている潜在成長率の更なる低下につながる。従って、高齢化社会の中、国民一人ひとりの能力と個性を最大限に活かし、デフレを克服して国内への投資を拡大させることを命題とするのは正しい戦略といえる。

 ただ、これまでの政権でも改革加速プログラム、成長力強化への早期実施策、新成長戦略、日本再生加速プログラムなど、さまざまな名称のもと成長力を高める政策が示されてきた。短期政権の繰り返しから政策の持続性に欠けたことも一因だが、これまでの政策による具体的な成果は乏しい。今回の成長戦略もこれまでの政策の中でたびたび繰り広げられた題目も多い。目新しさの少なさや法人税率の引き下げや労働規制改革といった企業から期待されていた改革が後回しになったことが、「アベノミクス」への期待の低下につながり、株価の下落や円安の修正の一因となった。項目の多さも実行の不確実性を呼んでいる。産業の新陳代謝を進め競争力を高められるのか、衰退産業の退出や構造改革による弱者への配慮や人材流動化の促進など適切な対応がなされなかった過去の失敗をどう克服するか、課題も多い。

 成長戦略では企業の設備投資額を現在より1割増やし70兆円規模に引き上げる目標を掲げたが、世界経済が緩やかな経済成長にとどまる中で、消費税引き上げの影響も考慮すれば目標達成のハードルは高い。4~6月期法人企業予測調査によると、2013年度の設備投資計画(ソフトウエア含む)は全産業で前年度比7.2%増と前回調査の同6.2%減から上方修正されたが、海外への投資比率が高まる傾向は続く公算は高い。

 国内企業の投資阻害要因は、景気の持続性に対する不透明感のほか、少子化や所得の減少、製造拠点の海外移転による空洞化などによる国内の需要不足がある。製造業からは、(1)円高、(2)税負担、人件費、環境規制、電力不足などに由来する生産コストの高さ、(3)雇用制度や自由貿易協定への対応の遅れなど規制要因が指摘されてきた。また日本貿易振興機構(JETRO)による外資系企業へのアンケート調査によると、外資系企業の国内への投資の阻害要因も、(a)税負担、人件費、事業用地の取得・賃貸コストなどビジネス・コストの高さ、(b)規制・許認可制度の厳しさ、行政手続きの煩雑さ、関連法規の多さとともに、(c)グローバル人材確保の難しさが指摘され、法人税率の引き下げなどの規制改革、相互認証と許認可の迅速化等の規制緩和が要望されていた。

 海外の人件費上昇により内外格差が縮まることはあっても、シェール革命によるエネルギー・コストの低下が見込める米国と異なり、国内への投資の魅力を高めるには規制緩和に頼るところが大きい。円高修正が進んだ中で、TPPやFTAの推進に舵を切ったことは内外の企業の要望に沿う第一歩といえるが、参院選後に示される投資減税や法人税実効税率の引き下げに加えて、投資そのものを生みだす可能性を秘めた長期的なR&Dを促進する政策が示されるか、医療分野などサービス業の生産性向上や効率化政策が具体的に進むか、安倍政権の「本気度」が試されよう。