電化製品が壊れたら電器屋へ。車が不調ならばディーラーへ。しかし、調子が悪いときにどこへ行けばいいのか、よく分からないものがある。他ならぬ自分の体である。

 もちろん普通は病院だ。それを知らないわけではない。だから、一念発起して耳鼻咽喉科を訪れた。もう2年ほど前になる。

 私には40年来の「持病」がある。尾籠な話で恐縮だが、一年中、鼻水が止まらないのだ。花粉症という言葉も知らなかった子供のころから、年間を通して鼻水をすすっている。タチが悪いのは、それが鼻の奥から喉に落ちてくることだ。そのせいか痰もよく絡む。おそらく夜間、意識のない間に、気管支の奥深く鼻水が入り込んでいるに違いない。

 この状態をずっと放置してきたのは、日常生活に重大な支障はなかったからだ。鼻が詰まって息ができないとか、熱が出てだるいわけでは決してない。半端なくティッシュペーパーを消費するが、家計を圧迫するほどでもない。

 けれども苦痛がなかったと言えば嘘になる。口内に落ちた鼻水を飲み込むわけにも行かず、ティッシュに吐き出したと思う間もなく、再び鼻の奥で液体が湧き出し、また同じことを繰り返す。少し緊張して話そうとすると、そのたびに痰が絡まって、なかなか言葉が出てこない。一度気になりだした痰がなかなか切れないときは、何度も息を吸い思い切り喉を鳴らして吐き出す。次第にむきになってエスカレートする動作は、大きくなる一方の雑音を伴い、周囲に多大なる迷惑を掛ける。これが日常茶飯事なのである。

 人生も後半戦に入って、ようやく決着を付けようと思い立った。仕事が一段落して時間ができたとき、近所で人気の耳鼻科に予約を入れた。美人で評判の女医に恥を忍んで病状を伝える。トイレで「大」をしてるときにくしゃみと鼻水が止まらなくなる謎の症状も、包み隠さず話したはずだ。

 ところが診断は振るわなかった。血液検査で分かったアレルギーは杉花粉のみ。家内に疑われた蓄膿症でもないらしい。季節を問わず水っぽい汁が出るのは神経過敏か何かのせいで、だとすると処置なしと断定されて診察は終わった。

 別の医者にも行ってみた。花粉症の治療に、薬液で粘膜を灼く施術をしている医院だ。混み合う前に診てもらおうと、診察開始の30分前に訪れた。ところが診察はあっという間に済んでしまった。鼻の中を覗いて、特に悪くはなさそうだと言う。粘膜を灼く療法を薦めるほどでもないようで、点鼻薬や去痰剤を処方されておしまいだった。

 実際、原因がはっきりしない以上、手の施しようのないのかもしれない。それでもあきらめきれずにネットを頼ってみた。びっくりした。鼻炎の原因を整理した専門家のページや、自分なりの対処法を書き連ねたブログなど、情報が山のように出てくる。そしてたどり着いたのが「2ちゃんねる」のページだった。驚いた。自分に似た症状に苦しむ人々の無数の声が溢れかえっていたのである。

 そこには、考えられる理由や対策がひと通りそろっていた。痰が出る原因は鼻炎による鼻水だけでなく、喘息や食道炎の場合もあるらしい。吸入ステロイドなどといった本格的な療法から、通院せずにできるちょっとした習慣まで、打てる手もたくさんあった。漢方薬やツボ押し、お茶や腹筋が効くという意見まで、できそうなものは片っ端から試してみた。

 すぐには効果は現れなかった。断念したり、忘れてしまった手段もある。試行錯誤を続けて1年半余り。治ったとは決して言わない。しかし、確実に良くはなった。通勤電車のなかで、時には片道一袋も費やしたティッシュは、2枚に減り、1枚にとどまり、ついに使わない日がやってきた。呼吸の際すら引っかかった痰の感触も、このところ随分和らいだ。まだ試していない治療に踏み切れば、ひょっとしたら本当に根絶できるかもしれない。