成功につながる変化を見つけた蓄積

 当時、この物質は「何も作用がない(不活性)」と思われていたのだが、「傷ついた細胞が再生・修復するのはなぜか」に興味を持っていた上野氏は「ここに何かがある」と直感した。それを信じて実験を進めた彼は、組織が壊れたり、細胞が増殖したりする際にプロストンが出てくることを突き止めた。

上野氏が開発した2番目の新薬、慢性便秘症治療薬「アミティーザ」

 もちろん、発見には偶然や幸運な要素があったのだろう。だが、成功につながる変化を見つけられたのは、それまでの研究の蓄積があったからに違いない。

 ただ、発見を実際に薬として販売するまでには、多くの労力と資金が必要となる。上野氏が研究者を超えて、事業家として成功した理由の一つは、マーケット志向の考え方ができる人物だったことだろう。

 この考え方ができるようになったのは、短い期間ながら臨床医として患者に接し、医療現場で過ごした経験が大きかったと上野氏は振り返る。

 「本当に新しい薬は、市場調査をしても『市場がありません』で終わってしまう。だって、先行事例がないわけですから。でも、臨床医として患者に触れた経験で、勘が養われました。何となく、ここに市場がありそうだと考えられるようになった」

 この“勘”は、研究の方向性を考える上でも役立ったという。新たに発見した物質で製薬が可能となるとすれば、「どんなニーズがあり、どれくらいの市場規模になりそうか」を常に考えながら研究を続けることができた。これは、調査会社に多くの費用を支払っても得ることができない貴重な“勘”につながる体験である。

上野氏が米国で創業したSucampo Pharmaceuticals社は、2007年にナスダック市場に上場した。(写真提供:上野隆司氏)

 患者のニーズだけはない。どのように製薬会社がプロモーションするかも、顧客である医師として観察していた。その経験は、自分が薬を開発する側になっても、どのようにプロモーションできるか、どれだけ売れるかという判断につながった。薬が売れ、多くの患者が使う姿、つまり研究の出口が見えてくると上野氏は話す。

 私は長年、多くの優秀な研究者が「研究のための研究」をしている姿を見続けてきた。確かに大学などの研究機関では科学的な「真理の追求」も重要な研究テーマである。それは否定しない。だが、事業化を考えた研究は、出口を常に意識して進める必要がある。上野氏は研究者であると同時に、製品が使われる現場、つまり出口をよく知るマーケット・リサーチャーでもあったわけだ。

 上野氏の研究手法は、直感が先にある。思い切った仮説を立てて実験で事実を積み上げて実証していく。彼が2013年3月に出版した『世界で3000億円を売り上げた日本人発明家のイノベーション戦略』(朝日新聞出版)では、アメリカン・フットボールになぞらえて、その手法を説明している。