私が初めて中国を訪れのたのは1988年のこと。華北地方の内陸の都市・山西省太原市で中国語を学ぶためだった。事前に日本であった留学の説明会に参加したところ、山西省は中国の中でも麺の本場として知られた土地だという。当時、中国に対する知識が全くなかった私は、「中国の麺=ラーメン」と思い込んでいたので、うまいラーメンがあれば食生活はまったく心配ないと意気揚々と現地に乗り込んだ。

 ところが初日の晩に北京で食べた麺も、その後山西省で食べた麺も、ラーメンはもとより、うどんともそばとも全くの別物だったのには驚いた。コシというものを追求しないぐにゃりとした麺、薄い塩味がするぐらいでコクのないスープには正直ゲンナリしてしまった。

 ただ、山西省の名誉のために言うと、コシのあるだけがうまい麺ではないのだと教えてくれたのも山西省だった。麺の本場というだけあり、実に多種多様な形状、製法の麺があるのだ。そのうちの1つが刀削麺(とうしょうめん)。日本でもここ数年食べられるところが増えているようだが、ぐらぐら煮え立つ鍋の中に麺生地の塊を包丁で削ぎ落として作ることからこの名前が付いた。釜揚げして湯切りした熱々の麺の上に、トマトとタマゴを炒め煮したこれまた熱々のソースや、肉のあんかけをかけて食すのだが、これがうまい。もっとも、社会主義市場経済が本格化する以前の1980年代の中国は、今より食料事情が良くなく、麺に使う小麦粉や野菜の質もお世辞にも高いとはいえなかった。したがって、刀削麺のうまさを知ったのは、1990年代を過ごした香港で山西料理を出す店でのことだったのだが。