数カ月前のある日、O編集長が何やら意味深な笑みを浮かべて私のデスクにやってきました。

 「あのさ、トゥリーズ(TRIZ)って興味ある?」

 「と、とぅりーず?」

 「ロシアで生まれた問題解決のための発想法なんだけど、昨日の編集会議で『池松さんなら興味を持ちそう』って話になって…」

 「はぁ…」。その前日の会議は、ちょうど取材が重なったために欠席していました。しまった! もしや不在の間、何か妙な展開になったのでは? O編集長は続けます。

 「Y君(先輩記者)が本誌でTRIZの連載を担当することになってたんだけど、Y君は別の連載を既に抱えているから、TRIZを池松さんに担当してもらえると助かるんだ。どうかな?」

 「あの、担当するのは構いませんが、とっ、とぅりーずって何ですかっ?」

 TRIZは、1946年にロシア(当時のソビエト連邦)で研究が始まった、技術的な問題を解決するための手法です。ベースとなっているのは、約250万件の特許。これらを徹底的に分析した結果、技術的な問題解決の手段には一定の規則があることが分かったといいます。この規則を日々の製品開発や問題解決に役立てよう、というのがTRIZの狙いです。

 こう聞くと、何だかとってもお手軽なツールのように見えますが、筆者の前古護氏(元デンソーの技術者で、2003年にTRIZを中核にした実務テーマの問題解決を支援する会社を立ち上げられた方です)によると、TRIZを上手に使いこなすには「コツ」が要るといいます。

 ご存じの方も多いと思いますが、このTRIZ、1990年代後半に日本の企業の間で一大ブームを巻き起こしながらも、その後、「成果が出ない」「難しすぎて使えない」と活用を中断する企業が続出しました。

 前述の通り、TRIZの基盤は約250万件の特許を分析して得た情報、つまり、特許に関する巨大なデータベースです。この膨大な情報の中から自分に必要な情報だけを抜き出すわけですから、決して容易ではありません。

 では、必要な情報にうまくたどり着くために最も注意すべきことは何でしょうか。

 インターネット活用に置き換えてみるとイメージしやすいかもしれません。仕事に必要な情報をインターネットで得ようとするとき、何が最も大切でしょうか。検索サイトに入れるキーワード? それとも長時間にわたって大量の情報と向き合えるだけの根気? 確かにどちらも必要ですが、何をおいても絶対に欠かせないものがあります。

 それは「どんな情報を得たいかの目的を明確にすること」です。これをはっきりさせておかなければ、仕事のつもりだったのにネットサーフィンで終わってしまった、なんてことにもなりかねません。「TRIZも同じ」と前古氏は言います。

 連載「250万件の特許分析で問題を解決する~TRIZの日本式活用法」では、まさにこうした「“ネットサーフィン”で終わらないためのコツ」を取り上げていきます。前古氏らが推進している、この「日本式TRIZ活用法」は今、日本国内だけではなく、韓国のSamsungグループやPOSCOなどからも注目されているそうです。ロシア生まれ、日本育ちの活用法に韓国メーカーも注目! 何とも面白い構図です。

 第1回は2013年5月号に収録し、現在、同年6月号に掲載する第2回を編集中。どちらもぜひご一読ください。