自動車をはじめ多くの業界でモジュール化の動きが進んでいる。しかし、モジュラーデザイン(MD)の第一人者である日野三十四氏は、単にモジュールに分割するという発想では不十分だと指摘する。同氏によれば、そもそもMDを実現するには設計手順を形式知化した「設計手順書」が欠かせないが、ほとんどの日本の企業には設計手順書がないという。設計手順書とは何か、なぜ多くの日本の企業にはないのか、同氏に聞いた。(聞き手は高野 敦=日経ものづくり)

――自動車に限らず製造業全体で設計のモジュール化が話題になっています。MDを実現するには設計手順書が必要であると指摘されていますが、この設計手順書とはどのようなものなのか教えていただけますでしょうか。

日野三十四(ひの・さとし)氏
モノづくり経営研究所イマジン所長。マツダに30年以上勤務し、技術情報管理や技術標準化を推進した後に、2000年に経営コンサルタントとして独立。韓国の世界的な電機メーカーを皮切りに、日本の最大手の重工業メーカー、電機メーカー、産業機械メーカー、電力システムメーカーなどに対しモジュラーデザイン(MD)のコンサルティングを行ってきた。2011年6月、MDを普及させるべく、コンサルティング会社を中心とした「日本モジュラーデザイン研究会」を設立。主な著作に『トヨタ経営システムの研究 永続的成長の原理』(2002年、ダイヤモンド社)、『実践 モジュラーデザイン 改訂版 工場空洞化時代に勝ち進むために』(2011年、日経BP社)。他論文多数。

日野氏:設計手順書というのは、設計の方法を順番に記述した文書です。ほとんどの企業では、この設計手順書が作られていないのです。

 こういうことを言うと、「いやいや、我が社にはありますよ」と反論を受けます。しかし、多くの場合、それは設計手順書ではなく「設計基準」です。設計基準はたくさん作られています。「こうしてはいけない、ああしてはいけない」という設計の“べからず集”や、逆に「こうしなさい」という“べし集”といったものがありますが、これらは設計基準であって設計手順ではありません。例えばエンジンを設計するには、最初にどうして、その次にこうして、最後に図面を描いてと、こういった設計の流れを文書化したものを持っている日本の企業は少ないのが現実です。

 これは私の書籍(『実践 モジュラーデザイン 改訂版』)でも書きましたが、かつては世界的にも設計手順書をきちんと整備している企業はありませんでした。ところが、20世紀末になり、欧米、特に米国を中心に設計手順書が作られ始めました。

 私がかつて勤務していたマツダが米Ford Motor社の傘下にあった頃、私は技術標準化の“チャンピオン”としてFordの担当者と一緒に、定期的に双方が持っている技術標準の整合化を図っていました。そうしたら、彼らが設計手順書を作っていたのです。

 マツダも設計手順書を作ろうとしていたので、そういう意味では先進的でした。ただし、当時は設計基準を順番に並べることで設計手順書にしようとしていたのです。

――先ほどの“べからず集”とか“べし集”ですね。

日野氏:そうです。エンジンや触媒コンバータ、冷却系などについて、“べからず集”や“べし集”を実際に設計する順番に並べれば設計手順書になるのではないかと、そういったアプローチだったわけです。ところが、彼らは現状の設計基準を単純に並べるのではなく、Fordは製品レベル、ユニットレベル、部品レベルというように階層的かつ網羅的に作っていました。つまり、本来どういうふうにして設計するべきかという理想形に基づいて展開していたわけです。

 それを見て、これはすごいと驚いた。当時の米ビッグスリーは、ISO9000から派生したQS9000という形で定期的に会合を開き、互いにいい取り組みを吸収し合いながら標準化を進めていました。だから、恐らくビッグスリーはどこも設計手順書を作っていたと考えられます。