1カ月前になりますが、2013年4月6~11日に米国ラスベガスで開催された放送機器の展示会「2013 NAB Show」を取材しました。これまで米国で開催される展示会といえば「E3(Electronic Entertainment Expo)」を何度か取材した程度だったので、NAB Showの会場の広さと出展企業の多さに圧倒されるばかりでした。来場者にアルコールを振る舞うミニ・パーティーを開いている企業があったり会場外の道路脇で歌手が熱唱していたりと、日本国内の展示会との雰囲気の違いにも驚かされました。

 会場を回って特に印象に残ったのが、テレビやスマートフォン、タブレット端末などの複数デバイスに映像コンテンツを配信する「マルチスクリーン型映像配信サービス」に関連する展示です。「4K×2K」関連の展示が多いのは予想通りでしたが、マルチスクリーン型映像配信サービスも想像以上の盛り上がりを見せていました。米Harmonic社や米Envivio社など10社以上が映像配信システムを展示して、多くの来場者の注目を浴びていました。

 こうした配信システムの中核技術として、各社がデモの展示に力を入れていたのが、次世代の動画圧縮技術である「HEVC(high efficiency video coding)」です。2013年1月にITU(国際電気通信連合)がHEVCを国際標準規格「H.265」として勧告したこともあって、エンコーダ/トランスコーダやデコーダの製品化が加速しています。

 HEVCの動画圧縮率は、従来規格の「H.264/MPEG-4 AVC」と比較して約2倍。つまり、同じ画質の動画をH.264の半分の符号化速度で送信できます。米国の固定通信網は、FTTHのような高速なインターネット回線が日本ほど普及していません。一般家庭の多くが、低速なADSLやCATVの回線を使用しています。このため固定通信網による映像配信では、低速な回線でも高画質な映像を送信できるHEVCのニーズが日本以上に高いわけです。

 では、日本はHEVCのニーズがそれほどないかというと、そんなことはありません。NTTドコモなどの携帯通信事業者は、携帯通信網が動画データによって圧迫されていることに強い危機感を持っています。スマートフォンの普及によって、ビデオ電話や動画配信サイトなどを利用するユーザーが急増しているからです。こうした理由から、携帯通信業界でも動画トラフィックの抑制策としてHEVCが注目を集めています(携帯通信事業者自身が、動画サービスを新たな収益源にすることを模索しているという事情もあります)。

 例えばNTTドコモは2013年3月、独自に開発したHEVCのソフトウエア・デコーダのライセンス提供を始めました。他社にも使ってもらうことで、HEVCを広く普及させるのが狙いです。デコーダはソース・コードの形で提供され、同社の主力端末に搭載されているAndroid OSはもちろん、iOSやWindowsなどにも対応するという力の入れようです。こうした取り組みに牽引される形で、日本でもHEVCはかなり早期に普及すると見ています。

 日経エレクトロニクスの5月13日号の特集「HEVCが拓く超高精細時代」では、このように普及前夜を迎えたHEVCの動向をまとめました。NAB ShowでのHEVC関連の展示もレポートしていますので、ご興味を抱かれた方はぜひご一読いただければ幸いです。