日本メーカーが力を入れる新興国市場の攻略について、技術経営を専門とする一橋大学 イノベーション研究センター 教授の延岡健太郎氏は、「“安く作って、高く売る”ための価値づくりの重要性は、先進国でも新興国でも同じ」と語る。「ものづくりの質の高さが技術の価値につながりにくくなった今、高機能・高性能を中心に追求してきた付加価値という言葉の意味を見直すことが大切」と分析する。

のべおか けんたろう 1959年生まれ。1981年、大阪大学工学部を卒業後、マツダに入社し、商品戦略を担当。1993年、米Massachusetts Institute of Technology(MIT)で経営学博士を取得。1994年、神戸大学 経済経営研究所 助教授。1999年、同大学 教授。2008年から現職。専門は経営戦略、組織、技術経営。主な著作に『MOT[技術経営]入門』(日本経済新聞社)など。

 先進国で大きな収益を確保できない会社が、購買力の低い所得層が多い新興国で本当にもうけられるのか。普通に考えると難しいだろう。日本の大手エレクトロニクス・メーカー6社を見ると、過去20年間の売上高営業利益率は平均3%程度である。韓国や欧米のメーカー、IT関連企業などに比べると、だいぶ見劣りする。

 大きな理由の一つは、日本メーカーが「価値づくり」を苦手としていることにある。日本メーカーの「ものづくり」は一流である。だが、優れたものづくりが、経済的に大きな価値に結び付いていない。

 価値づくりとは、その企業にしかできず、しかも顧客にとって価値の高い商品を提供することである。かつては、ものづくりの質の高さと、価値づくりが深いかかわりを持っていた。品質が高く、高機能な製品を開発・製造することが、そのまま顧客が期待する価値につながっていたからだ。その時代には、日本メーカーの強みが生きた。

 だが、ものづくりと価値づくりは今、相関関係が限りなくゼロに近づいている。特にハードウエアについては、その傾向が顕著だ。デジタル化と、部品のモジュール化が進んだことで、外部の企業に製造を委託しても、顧客が普通に満足する機能や品質を実現できるようになったことが大きい。米Apple Inc.は機器の製造を手掛けていないが、スマートフォン「iPhone」などのヒット商品で、顧客にとって高い価値を実現している。

 ものづくりと価値づくりの相関がほとんどなくなったにもかかわらず、それに気付いていない日本メーカーは多い。少しでもコストを下げて、安価に質の高い製品を作れば、利益が上がると必死に頑張っている。