今回紹介する書籍
題名:中国人的価値観
編者:宇文利
出版社:中国人民大学出版社
出版時期:2012年11月

 中国での鳥インフルエンザが話題になり始めたころ、上海に行ってきた。日本では毎日のようにテレビで鳥インフルエンザの恐ろしさについて語られていた時期だったので、どんなに町中が警戒しているかと思いつつ、上海に飛んだ。重症急性呼吸器症候群(SARS=サーズ)の流行時のことを思い出し「街は閑散としているのでは…」と予想して、街を歩いたが、驚くほど緊張感がない。空港に着いたのが5時ごろだったので、帰宅ラッシュ時の地下鉄に乗ってみたのだが(こんなことをしてみる私にも緊張感が足りないかもしれないが)、ざっと見まわしたところ、1車両にマスクをしている人はせいぜい15人程度。拍子抜けするようなかえって心配になるような気持ちになった。

 滞在中に上海人の友人と食事をしたが、ウィークデーにもかかわらず、店は十分繁昌していた。鳥インフルエンザについて話題にすると、「生きた鳥に触らなければ大丈夫」「誰も気にしていない」と暢気なものだった。その一方で、友人は飲み物を注文するときに「サイダーを缶のまま持ってきて。コップに入れたり、氷を入れたりしなくていいから、とにかく缶のまま持ってきて頂戴」とウエイトレスに言っていた。理由を尋ねると「私は中国の飲食店を信用していないから」と苦笑する。鳥インフルエンザに対しては「大丈夫」と言っていたのに、店(しかもなかなかの高級店だった)は信用できないとは…。ここにも中国人の感覚というか価値観の不思議さを見たような気がした。

 というわけで、今月ご紹介するのはずばり『中国人的価値観』(日本語訳:中国人の価値観)。表紙に「12次5カ年計画(訳者注:2011~2015年の)国家重点図書出版企画プロジェクト『中国を知る・中国を理解する』シリーズ」と書いてある。国家的プロジェクトに組み込まれた本となれば、プロパガンダ色の強いものかと思ったが、タイトルに魅かれて読み始めてみた。

 読み始めてすぐに「あれ?」と思ったのは、一番大きな価値観の転換期を1978年から始まった改革開放だと書いてあったことだ。もちろん、現在生きている中国人にとって1978年からの改革開放は大きな価値観の転換であることは間違いない。しかし、それを5000年(日本では中国4000年の歴史という言い方をするが、中国では5000年の歴史という言い方がよくされる)の歴史の中における価値観の転換点と言ってしまっていいのだろうか、と戸惑う一方、本書が中国政府の考えに基づき、今の中国の価値観をある意味規定し直すために書かれたものなのか、と感じた。あるいは、中国共産党政府成立以前の中国人民は何千年も変化のない暮らしをしてきたが、共産党政府の指導の下、大きな変革と進歩を遂げた、と言いたいのかもしれない、とやや皮肉な目で見てしまった。

 来週以降、本書を読み解きながら中国人の価値観について考えてみたい。