日経エレクトロニクスの2013年4月15日号では、「NEレポート」と「解説1」で、発光するシリコン(Si)やSiフォトニクスの記事を執筆しました。Siフォトニクスというのは、光を利用したデータ伝送用や信号処理用「回路」をSiチップ上に集積することを目指した技術です。そのSiフォトニクスには最近になって大きなブレークスルーが相次いでいます。「詳細は雑誌の記事で」と書きたいところですが、正直、誌面の制約のある記事では伝え切れなかった内容もありました。それが、Siを発光させる技術です。

 実はSiフォトニクスといっても、これまで光源だけはSiベースで実現することができませんでした。これは、Siという半導体が高効率で発光させることが難しい半導体(間接遷移型半導体)であるため。LEDで一般的な窒素化ガリウム(GaN)が、直接遷移型半導体で非常に高効率に発光するのとは対照的です。Siが光らない故に、さまざまな「エレクトロニクス技術」が強い制約を受けてきました。データ伝送や信号処理技術はもちろんですが、例えばディスプレイ技術もその一つ。TFTなど電子回路はSiベースなのに、発光源は全く別の技術、例えば蛍光管やGaNベースのLEDなどと液晶技術の組み合わせを利用しなければなりませんでした。ある意味、有機ELディスプレイなどもSiが発光しなかったことで開発されてきた技術の一つです。

 逆に言えば、もしSiが高効率で発光すれば、そのインパクトは相当な大きさになります。データ伝送や信号処理の分野はもちろん、TFTと発光部をSiウエハー上に集積した新しい自発光型のディスプレイが登場する可能性が出てきます。Siはガラス(SiO2)とも相性が良いので、半透明な窓をディスプレイや照明器具にすることも可能になるかもしれません。

 こうした夢の技術を実現しようと、これまで多くの研究機関がSiをなんとか発光させようとさまざまな工夫を試みてきました。例えば、(1)Siに不純物を混ぜる、(2)「ラマン効果」という非線形現象を利用する(関連記事)、(3)Siを非常に小さな粒子(量子ドット)に加工して、通常のSiとは異なる効果(量子効果)が発現することを利用する、といった試みです。いずれも多少の発光は実現するので、「ついにSiが発光(またはレーザ発振)!」と何度か騒がれました。しかし、実際には効率が非常に低かったり、光励起でしか発振しなかったりで、実用化には至っていません。

 今回記事にしたのは、これまでになく高効率でSiを発光させる技術です。ある意味、(1)のSiに不純物を混ぜる方式の一つですが、(3)の量子効果を利用しているともいえるかもしれません。ちなみに、混ぜるのはp型半導体を作製する上で一般的なホウ素(B)で、既存の半導体技術との互換性が高いという優位点があります。発光効率も赤外線LEDでは既に実用化水準に達しており、レーザ発振も実現済み。しかも、発光色を赤外線から青色、さらには白色まで自在に選べるという特長も備えています。発光させるだけではなく、広帯域の光に対する光電変換素子、つまり高効率太陽電池という使い方も可能だとみられています。

 これだけ書くと現実離れしたSFのように思われるかもしれませんが、この技術を開発したのは、東京大学 大学院 工学系研究科 教授の大津元一氏の研究グループ。大津氏はリソグラフィ技術に欠かせない「近接場光」の提唱者として有名です。今回、その技術を発展させてSiを発光させることに成功しました。ただし、その大津氏でさえ「最初は信じてもらえなかった」といいます。

 大津氏の研究グループが初めてSiを発光させてから約2年。「既にいくつかの企業と実用化に向けて開発を進めている」(大津氏)そうです。ただし、最初に実用化が見込める用途が何であるかは、まだ明らかにしていません。出来上がってからのお楽しみというわけです。