先願主義に新たな火種?

 現在は、Kilby氏とNoyce氏の双方を発明者とする見方が一般的だ。ただ、訴訟合戦ではNoyce氏の発明に軍配が上がっている。「どちらが真の発明者か」という争いは企業の利益だけではなく、開発者個人の名誉やこだわりにも直結する。ほとんど表には出ない隠れた争いから有名な争いまで、数々のドラマが存在するのは、このためだ。

 米国が先発明主義を捨てるに至るまでには、長い議論があった。その大きな理由は、Hyatt氏のような個人発明家を保護することにある。経済成長の原動力である個人発明家やベンチャー企業は資金が乏しく、発明した後で迅速に出願手続きに移れない可能性があるからだ。

 大手企業の間では、この議論を乗り越えて米国が先願主義に移行したことを評価する声が多い。国際的な特許制度の調和に歩調を合わせたことで、国際出願の観点などでも世界基準で特許を扱いやすくなる。

 ただし、今回の先願主義への移行には、興味深い課題を指摘する声もある。それは、特許法の改正で先願主義を取り入れたことが、「憲法違反に当たるのではないか」という見方である。

 実は、米国の合衆国憲法には、発明に関する条項がある。第1章第8条にある「発明者に対して一定期間の排他的権利を保障する」という趣旨の内容だ。

The Congress shall have power, <中略>To promote the Progress of Science and useful Arts, by securing for limited Times to Authors and Inventors the exclusive Right to their respective Writings and Discoveries;

(連邦議会は、つぎの権限を有する。<中略>著作者および発明者に対し、一定期間その著作および発明に関する独占的権利を保障することにより、学術および有益な技芸の進歩を促進する権限)

* 条文と日本語訳は、駐日米国大使館のWebサイトから引用。

 問題視されている点は、「発明者」という言葉である。確かに言葉を厳密に捉えれば、特許を先に出願した人物が真の発明者とは限らない。つまり、先願主義の下での発明者は、憲法で定める発明者と違うことがあり得るというわけだ。これが、「先願主義自体が憲法違反」という意見の根拠である。

 こうした法解釈の議論が出てくること自体が、米国らしい点だろう。もしかすると近い将来、特許を巡る憲法論議に至る大訴訟が始まるかもしれない。

 新しい特許法は運用が本格化したばかり。他の改正点でも多くの規定が存在するものの、今後の運用いかんで解釈が異なってくる可能性を指摘する識者は多い。実際には何らかの争いが起こって、司法による判例が出るまでは本当の解釈は分からないというわけだ。

 ちなみに、前回米国で特許法が改正されたのは1952年のこと。その改正部分に関する訴訟で最初の判例が出たのは1966年。実に14年後だった。

■変更履歴
掲載当初、Gilbert Hyatt氏によるマイコン特許の特許番号を誤っていました。正しくは「米国特許番号4,942,516」です。お詫びして訂正します。記事は修正済みです。 [2013/4/23 12:15]