再び研究開発の最前線へ

 この快挙を成し遂げた研究グループのリーダーで,集まった記者たちへの説明役を任されたのが高野だった。高野らの成果は,新聞やインターネットを通じて,瞬く間に世界を駆け巡った。Intermag2000の時ならぬ人だかりは,その真偽を見定めようと押し寄せた研究者たちだった。

 日立製作所が公表した数値は,研究者たちの目を覚まさせるに十分だった。52.5Gビット/(インチ)2は,直前に米Read-Rite Corp.が長手記録方式で実現した50.2Gビット/(インチ)2をわずかながら上回る。それは取りも直さず,垂直記録方式が長手記録方式の最高記録を初めて超えたことを意味していていた。理論上は1Tビット/(インチ)2すら実現できると見なされながら,一向に実用化への道筋が見えなかった垂直記録方式が,再び研究開発の最前線に返り咲いた瞬間だった。

 このとき,垂直記録方式の天下はわずか1日で終わった。日立製作所の報道発表の翌日,富士通が56.1Gビット/(インチ)2を長手記録方式で実証したことを報告する。

 それでも日立製作所らの発表が与えた衝撃はいささかも衰えなかった。10年にわたって日陰の存在だった垂直記録方式が長手記録方式と抜きつ抜かれつのデッド・ヒートを繰り広げるなど,誰が想像しただろうか。

 高野本人は,自らの成果が与えた予想以上の反響に驚いていた。Intermag2000の発表後の質疑応答では,それまでHDD業界を牽引してきた米IBM Corp.の研究者から細部にわたる質問をしつこく受けたという。発表が終わってもトロントにいる間中,高野は次から次へと研究者につかまり,根掘り葉掘り実験内容について聞かれることになる。

Intermag2000では,垂直記録方式と長手記録方式の双方が50Gビット/(インチ)2以上を達成した。
[画像のクリックで拡大表示]