私が思い出すのは、米Apple社が最初のiPhoneを発表したときの驚きです。同社が電話を発表することは前日には噂になっていましたし、インターネットと連携する端末との予測もあったかもしれません。大して興味を引かれなかった私は、翌朝起き抜けに見たiPhoneの姿に、本当に目が覚めました。

 それまでにも、タッチ・パネルを使った端末やWebサイトを閲覧できる電話、音楽を楽しめるケータイはありました。ところがiPhoneは、それらのどれとも違っていました。同様な電話を作る無数のやり方の中から、Appleはただ一社、消費者が飛びつく答えを見つけだしたのです。

 斬新な機器でも一度糸口をつかめれば開発は一気に加速します。このため後からみれば、最初の製品の発想も当たり前だったかに思えます。しかしその陰には、消えていった他社製品という「陳腐な記事」や、日の目を見なかった試作品の「没原稿」が山のようにあったはずです。なかなか文章が書けなかったデスクには、それがわかります。

 5年前、いえ3年前ですら、日本のエレクトロニクス業界の現在の在りようは想像できませんでした。アベノミクスで株高を享受する他業界と比べて、はまり込んだ底は深く、リストラに替わる次の手はハッキリとは見えないままです。

 そこから抜け出すために必要なのがイノベーションだとしたら、それは無数にある可能な解の内に、ないかもしれない正答を探す、極めて困難な仕事でしょう。往々にして、それは徒労に終わります。しかしいつかは誰もが驚く製品やサービスを見つける日が来るかもしれません。そのとき得られる報酬は、何物にも換えがたい心からの喜びです。