東日本大震災の発生から3カ月半ほどが経過した2011年6月28日。津波で大きな被害を受けた宮城県仙台市の佐藤鉄工所(同市若林区)など被災企業6社に、部品加工に必要な中古のさまざまな工作機械が運び込まれた。

 その量は4tトラックで1台分。卓上ボール盤、炭酸ガス・アーク溶接機、旋盤用モータ、各種工具類一式など合計20点の積荷が降ろされた。津波で工場の工作機械が流され、操業すらままならない。暗闇の中を歩くかのような被災地のものづくり企業に立ち上がる勇気を与えた出来事の一つだった。

 中古の工作機械を被災地に運んだのは、名古屋商工会議所(愛知県名古屋市)の金山南ものづくり研究会。会員企業が使っていない機械を集めて無償で提供した。

名古屋商工会議所から届いた工作機械を被災企業に引渡した際の様子(写真:仙台商工会議所)
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 この取り組みを大きなキッカケに、工場で眠っている工作機械を被災地のものづくり企業に無償提供する大きな流れが生まれた。仙台商工会議所が音頭を取って、全国にある514カ所の商工会議所と連携。機械を必要とする企業と、使わなくなった機械を支援する企業をマッチングするデータベースを構築した。このプロジェクトによって被災地と全国のものづくり企業を結ぶ支援の輪が広がったのだ。

 仙台商工会議所は、工場で眠っている使わなくなった機械を「遊休機械」と呼んでいる。東日本大震災から2年が過ぎ、同会議所が立ち上げた「遊休機械無償マッチング支援プロジェクト」は、多くの成果を上げた(プロジェクトの関連サイトは、こちら)。遊休機械を届けた件数は、被災地の185事業所に1890件(2013年3月現在)である。この取り組みは今回の震災にとどまらず、ものづくり企業を今後襲うかもしれない天災などで支援活動のひな型になる可能性を秘めている。

うちで余っている機械を持っていけばいいんじゃないか

 遊休機械プロジェクトが始まる契機の一つは、震災直後に仙台商工会議所に応援に駆け付けた名古屋商工会議所の職員の行動だった。

 「こんな機械が足りないそうなんですよ」

 工作機械が流された惨状を目の当たりにした職員は、応援期間の終了後に名古屋へ戻ってから地元のものづくり企業に状況を説明した。それに支援の声を上げたのが、名古屋の金山地区にある製造業を中心としたものづくりに携わる人々だった。

 「うちで余っている機械を持っていけばいいんじゃないか」

 平時でさえ、大手企業の業績の変化に左右されがちな、ものづくり中小企業の経営の苦労は身に染みて理解できる。まして天災による被害で、再びモノを作りたくても作ることができない。そんな被災地に降りかかった状況を人ごとには思えなかったのかもしれない。金山南ものづくり研究会は、会員が保有する遊休機械をかき集めてトラックに積み、被災地の企業に届けることに決めた。