頂上の先にある何かを見つけるために

 「HUB Tokyoでは、特に広告もしていません。HUBのような場を求める人は、必ずここにたどり着くと思っているからです」

 前回のコラムでも説明しましたが、HUB Tokyoは慈善事業ではありません。会員が支払う利用料は、大きな収益源の一つになっています。イベント・スペースやシェア・オフォス、コワーキング・スペースといった場所貸しのビジネスでは、テナント確保のための営業活動は死活問題なのに、これはどういうことでしょう。

 創立者二人の話を聞いて分かったことは、真剣に何かのアクション(行動)を起こしたいと考えている人にこそ、HUBを利用してほしいという哲学でした。彼女たちは「チェンジメーカー(changemaker)」と呼んでいます。つまり、いわゆる社会変革の担い手のことです。

HUB Tokyoの一角。「山の向こう側に何があるのかを知りたい人」のための場に。
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 実は、前回から紹介している「秘密基地」という言葉は、英語の「Basecamp」という単語をHUB Tokyoが日本語に置き換えたものです。もともとの意味は登山で頂上を目指すための係留地(キャンプ地)を指しています。槌屋氏は、その言葉を使った理由をこう説明してくれました。

 「登山家が頂上を目指す大きな理由の一つは、山の向こう側に何があるのかを知りたいからだと思うんです。登り始めると天候だって荒れるし、ひと休みしたい時だってあるでしょう。でも、一度登り始めたら簡単には麓の村に引き返せないし、戻る意思もない。そんな時に必要な『Basecamp』として、HUB Tokyoを活用してもらいたいのです」

 麓の村にいる間は決して見つからないし、必要でもない。頂きの向こうを見たいという志と、実際に登り始めるという行動が伴った人だけがたどり着く場所。それがHUBだというわけです。そこで得られるのは、チャレンジの中での休息や、仲間(同志)との出会いです。

 「何となく何かやりたいな」と考えている人には見つけられないけれど、本当に行動を起こそうと腹をくくっていて、HUBのような場を必要としているチェンジメーカーならば、この場所を必ず探し出すはず。つまり、分かりにくく、入りにくい場所であることが、利用者をフィルタリングするハードルの役割を果たしているわけです。

 「HUB Tokyoには特に入会に必要な条件はありません。ただ、万人に来てほしい場所でもないのです。正直なところ、“熱伝導率”が低い人には、入ってほしくないと思っていますし、そういう方には過ごしづらい場所だと思います」(槌屋氏)。

 ほとんどの企業人は「仕える事」で給料を得ています。「志す事」で生活の糧がもらえるとは考えていないでしょう。勤め先の当期目標(頂き)は知っていても、その先に何があるのかを見てみたいと思う人はそう多くないはずです。麓の会社ムラの中にいる分には、そこそこ安泰ですから。