2013年2月17~21日に米国サンフランシスコで開催された半導体回路技術の国際会議「IEEE International Solid-State Circuits Conference(ISSCC) 2013」を取材しました。回路技術の学会ですから発表元はIDM(垂直統合型半導体メーカー)やファブレス企業が多いのですが、痛感させられたのはファウンドリー企業の存在感の大きさでした。32nm世代や28nm世代といった最先端のプロセス技術を用いたLSIを、新興国のあまり名前を知られていないファブレス企業が発表する光景がISSCCではもはや当たり前になっています。その背景にあるのは、台湾TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Co., Ltd.)などの巨大ファウンドリーが提供するプロセス技術が、業界に広く浸透し、共通の技術基盤となっている状況です。

 その一方で、32nm世代や28nm世代、さらにその先の20nm世代以降のプロセス技術を提供できる半導体メーカーは、TSMCや米GLOBALFOUNDRIES社など4~5社に限られてきています。これらの先端プロセスを使う半導体工場(ファブ)への設備投資額が、5000億円を超える水準にまで膨れ上がっているためです。結果として、半導体メーカーや機器メーカーは、こうしたファウンドリー企業にいわば首根っこを押さえられた状態にあります。巨大ファウンドリーとうまく付き合えない企業は、先端世代のSoCの生産能力を十分に確保できないというリスクにさらされているわけです。

 こうした中、“逆張り”の発想に基づく新たな半導体生産技術の開発が日本で進んでいます。産業技術総合研究所(産総研)が中心となって開発を進めている「ミニマルファブ」です。現在、先端SoCの生産には300mmウエハーが使われており、2010年代後半には450mmウエハーの導入が予想されています。これに対し、ミニマルファブは0.5インチ(約12.5mm)のSiウエハーで半導体を生産することを目指します。ウエハーがこれほど小さいため、チップの取れ数もせいぜい数個~100個ほど。毎日ラインをフル稼働しても、年間生産量は50万個ほどです。

 実は、この程度の規模で半導体を生産したいというニーズは根強くあります。産総研の試算によれば、現在の半導体市場のおよそ半分は、生涯生産量が100万個以下の半導体で占められているようです。例えば、産業機器や医療機器向け半導体部品の多くがこれに該当します。こうした規模で半導体を生産するメーカーにとっては、巨大ファウンドリーに生産を委託するのは効率が悪く、また自由度も小さい。もっと小規模(ミニマル)なファブで手軽にウエハーを流せた方が、生産効率や投資効率を高めやすいわけです。現在はこうした生産環境が存在しないため、「多くの企業にとって半導体設計に関する自由度が小さくなっており、面白い発想を盛り込んだデバイスを生み出しにくくなっている」(ミニマルファブ開発プロジェクトを統括する、産総研 ナノエレクトロニクス研究部門 ミニマルシステムグループ長 ファブシステム研究会 代表の原史朗氏)との声が増えています。

 産総研は2010年にミニマルファブの開発に向けた「ファブシステム研究会」を立ち上げ、ここには日立製作所や東芝、村田製作所など60社以上が参加しています。2012年にはこのうちの中小企業を中心に「ミニマルファブ技術研究組合」を立ち上げ、実用化に向けた開発を加速させています。同研究組合では、CVDやリソグラフィ、イオン注入などの各ユニット・プロセスに対応する製造装置の開発を進めており、各装置の幅を約30cmにそろえて、これをずらりと連結させて生産ラインを構築する計画です。目指す処理時間は1プロセス当たり1分で、半導体製造の全工程を数時間で完了させることを狙っています。一つの製造ラインを構築するために必要な投資額としては、5億円前後を想定しています。つまり、最先端の300mmラインの1/1000。ちょっとした富豪ならば、“マイ半導体ライン”も夢ではないでしょう。

 産総研は、ユニット・プロセス装置を連結した一環ラインを2015年ごろまでに構築できるようにしたい考えで、ミニマルファブ技術研究組合の参画企業がこの4月から一部の製造装置の受注を始めます。既に「大手企業から引き合いがある」(原氏)とのこと。最初に狙うのは、MEMS技術などを用いたセンサへの適用。さらにミニマルファブは「異種デバイスを積層する3次元ICとの相性が良い」(産総研 九州産学官連携センター イノベーションコーディネータの井上道弘氏)という特徴があります。ウエハー寸法が極めて小さいため、例えばSiCデバイスやGaNデバイスのように大口径ウエハーを使う環境が整っていないデバイスも、3次元ICの構成要素として取り込みやすいわけです。

 生産規模が勝負を決めるメモリやSoCではなく、生産量は少なくても自由なアイデアを盛り込んで勝負できるセンサや3次元ICなどの分野で日本は勝負していくべき――。こうした発想がミニマルファブ開発の背景にはあります。そもそも、CVDやリソグラフィ、イオン注入などのプロセス・チャンバを幅30cmの装置に収めることは至難の業。ここには機構部品を含むトータルの“匠(たくみ)の技”が求められます。ミニマルファブの構築そのものが、「日本だからこそ挑めるチャレンジ」(井上氏)といえそうです。

 ミニマルファブが、半導体業界における日本発のイノベーションとして実を結ぶかどうか。今後その行方に注目したいと思います。なお、ISSCC 2013で披露された最新技術については、日経エレクトロニクス2013年3月18日号の解説記事で紹介しています。こちらでは主に、300mmウエハー対応の“ギガ・ファブ”で製造される半導体の成果を取り上げました。ご一読いただけますと幸いです。