スピードで勝ったSamsung

 切り分けの重要性を示す事例を一つ紹介しよう。韓国Samsung Electronics社が2008年秋に米国で発売して、一躍ヒット商品になったBlu-ray Disc(BD)プレーヤーだ。

 それまでBDプレーヤーの売れ行きは、米国市場で芳しくなかった。そうした中、なぜSamsung社の製品がヒットしたかというと、宅配レンタルDVD業者の米Netflix社が動画配信サービスに参入するのを機に、いち早くそのサービスに対応したからである。実はNetflix社は、日本メーカーなどにも同サービスの採用を呼び掛けた。しかし、日本メーカーは、製品投入の判断と開発スピードが遅かったために、この好機を逃してしまった。Samsung社は開発のスピードを向上するために、DVDやBDに関するソフトウエア・スタックを外部企業から調達し、ユーザーが高い価値を感じるNetflix社のサービスの実装やユーザー・インタフェース(UI)の開発に自社の技術者を投入した。自前にこだわらずに、切り分けをうまく行ったのだ。

 今、日本メーカーが必要とする技術者の人材像は、こうした切り分けにたけた「システム・アーキテクト」だと思う。他人がプログラミングしたコードでもすぐに理解できる読解力や、自由に扱える柔軟な技術力、ハードウエアや他のソフトウエア部品を統合したサービスの全体像を考えることができる構築力、の三つの力を兼ね備えた技術者である。

人材流動性がカギ

 技術者の適材・適所を実現するためにもう一つ重要になるのが、人材の流動性である。日本メーカーでは最近、特定分野の技術者が社内異動によって、自分の専門とは無関係な職務に就くことがよくあると聞く。これは、技術者が活躍できる場をなくしたことと同じだ。異動を命じられた結果、海外企業に移籍する道を選んだ技術者もいて、これが技術流出につながっている。もし、日本社会が人材の流動性を許容する方向に変われば、技術者が退職などで企業の外に出ても自分の専門分野の知識を必要とする日本企業に再び就職できる。

 日本の技術者と話をすると、一人ひとりは立派な考え方や素晴らしいアイデアを持っている。これを生かすためにも、システム・アーキテクトの人材育成や、専門分野のノウハウを継続的に生かせる社会の仕組みについて、もっと真剣に議論する必要があると思う。(談、聞き手は日経エレクトロニクス)