日経BP社および日経エレクトロニクスが、日本の大学の理工系研究室およびベンチャー企業の研究開発を応援するべく立ち上げた「NEジャパン・ワイヤレス・テクノロジー・アワード」。編集部が選出した10件の研究を、連載でご紹介しています。今回は、東京工業大学のミリ波通信に関する研究と、ディー・クルー・テクノロジーズのパワー・アンプ技術を紹介します。

東京工業大学:1チャネルで6.3Gビット/秒、CMOS技術でミリ波ICを開発

 「HD動画を数秒でダウンロード」、「タッチした瞬間に数百曲の音楽コンテンツを瞬時に転送」─。このように、動画や音楽などのエンターテインメント・コンテンツを自在にやりとりできる、広帯域の無線通信技術として期待されているのが、60GHz帯を使うミリ波通信である。

 同帯域には5G~7GHzといった非常に広い帯域が用意されており、それほど高次の変調方式を使わずとも、数Gビット/秒を超える高速無線伝送を実現できる。このため、米半導体メーカーなどを中心とする「Wi-Gig」や、「WirelessHD」といった業界団体が立ち上がっており、今後ミリ波無線通信の活用が広く期待されている。

 ただし、こうしたミリ波無線通信を実現するには、低消費電力で小型の無線ICの実現が不可欠となる。従来のミリ波ICは、GaAs技術やSiGe技術などを活用するものが多く、安価なCMOS技術で実現されたものはそれほど多くない状況にある。

60GHz帯を活用

 こうした中、東京工業大学は、1チャネル(帯域幅2.16GHz)当たりの伝送速度が6.3Gビット/秒のミリ波通信向けのトランシーバ回路をCMOS技術を用いて開発、「ISSCC2012」で発表した。60GHz帯を用いる無線通信向けであり、ベースバンドLSIなどのデジタル部をソニーが、RF用LSIなどのアナログ部を同大大学院理工学研究科 電子物理工学専攻 教授の松澤昭氏および准教授の岡田健一氏らの研究グループが、それぞれ開発した。6.3Gビット/秒の伝送速度は、1チャネルの帯域幅が2.16GHzのミリ波無線通信として世界最高レベルだという。

教授の松澤昭氏(右)、准教授の岡田健一氏(左) 東京工業大学 大学院理工学研究科 電子物理工学専攻
教授の松澤昭氏(右)、准教授の岡田健一氏(左)
東京工業大学 大学院理工学研究科 電子物理工学専攻
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左側のダイ写真が、東京工業大学が開発したRFトランシーバIC。ISSCC2012に発表したもの。65nmのCMOS技術で製造した。
左側のダイ写真が、東京工業大学が開発したRFトランシーバIC。ISSCC2012に発表したもの。65nmのCMOS技術で製造した。
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 東工大は2011年のISSCCにおいて、同じく60GHz帯向け無線通信ICの発表をしている。今回はこのRF用LSIに改善を加え、さらにベースバンド部分についてはソニーが新規に開発し、ミリ波通信用トランシーバのチップセットとして実現した。今後は、家庭内の高速動画伝送など、実用化に向けた取り組みを進めていくという。

 このうち、松澤氏らが開発したRF用LSIは、2011年の東工大の発表では60GHz帯無線通信で規定されている2チャネルのみに対応していた。今回は全4チャネルで16値QAMの多値化に対応させている。また、回路アーキテクチャには、直接RF周波数に近い局部発信器(LO)の周波数を掛け合わせる「ダイレクト・コンバージョン(DC)」方式を採用している。