今では、Apple社や米Google社の強さの源泉の一つがソフトウエア開発力であることを否定する人はいないでしょう。また、たいていの電子機器にはマイコンが内蔵されていますが、マイコンはソフトウエアがなければ動きません。SRAM型FPGAでは、電源が投入された際に外部記憶装置からビット・ストリーム・データがロードされます。半導体チップの回路ですらソフトウエアで実現するようになっているのです。

 本質的な価値を生み出すのはソフトウエアであり、ハードウエアの役割は「ソフトウエアが価値を生み出せる環境を整えること」になってきています。Google社や米Amazon.com社が次々にハードウエア事業に参入しているのも、ハードウエアを販売すること自体よりも、「ソフトウエアで実現しているサービスの価値をハードウエアによって高めること」が目的のように見えます。

 ハードウエアとソフトウエアの立場が逆転しつつある現状を端的に表しているのが、昨今の「フィジカル・コンピューティング」の流行でしょう。パソコンやスマートフォンなどのコンピュータから実世界のデバイスを手軽に操作することをこう呼びます。それを実現しているのが「Arduino」などのオープンソース・ハードウエアです。

 Arduinoは、マイコンを内蔵した手のひらサイズの電子基板です。入出力の制御機能などがあらかじめ用意されており、パソコンで制御プログラムを書いてArduinoに転送し、制御したい部品を接続するだけで電子機器を試作できます。従来は、ハードウエアを試作するには電子回路に関するそれなりの知識が必要でした。Arduinoを利用すれば、電子回路の知識がなくても実動するハードウエアを実現できます。このためArduinoは、組み込み系以外のプログラマーがハードウエア開発に入門するいいきっかけになっています。

 現役のエレクトロニクス技術者の方にはArduinoは単なるおもちゃにしか見えないかもしれません。しかし、実際にArduinoを使って開発された製品も登場しています。一人家電メーカー「Bsize」を立ち上げた八木啓太氏が開発した卓上LEDライト「STROKE」です。同氏はSTROKEの試作にArduinoを利用したとのこと。照明モードの切り替えや操作音などをArduinoのプログラムで実現しています。STROKEの最終製品の制御基板にはArduinoで使われている米Atmel社のマイコンを搭載し、試作時に開発したファームウエアを流用しているそうです。

 八木氏は、大阪大学大学院で電子工学を専攻した技術者なので、制御回路を自前で開発することもできたかもしれません。それでもArduinoを採用したのは、Arduinoによる開発の省力効果がそれだけ魅力的だったということでしょう。もっとも、STROKEのハードウエアは、ソフトウエアのおまけと言うにはあまりにエレガントですが。

 最後にセミナーの宣伝をさせてください。日経エレクトロニクスでは、八木氏を講師にお招きし、日経BPnet/BizCOLLEGEと共同でハードウエア起業に関するセミナーを開催します。連続セミナー「イノベーターと学ぶ新しい仕事術」の第3回「日本人の働き方をリデザインする[1]」のパート2「ハードウエア起業の時代 ~個人の力が世界を変える~」です。個人もしくは少人数でハードウエア製品を開発するために必要なものや、ハードウエアで起業する際の注意点などを、実体験を基に語っていただきます。皆様のご参加をお待ちしています。