以上で述べた、多様なデータは会社の中には存在します。しかし、多くの場合、データが上手く利用されていないのではないでしょうか。データの活用を阻むのは、部門の壁、非効率な経営システム。

 機密情報を多くの部門に拡散させたくない、という事情もあるでしょうが、データを持つことが、その部門の権限につながるために、他部門には開示したくない場合も多いでしょう。では、各部門がバラバラにデータを持っていると、どうなるのでしょうか。

 例えば、半導体の設計部門の評価は、バグの数や設計したLSIのチップのサイズのデータで評価されます。そうすると、念には念を入れて、時間を掛けて設計を行い、バグを減らしたり、小さなチップを設計した方が、設計部門にとっては「正しい」ことになります。

 しかし、設計に時間を掛け過ぎると、製品の市場への投入が遅れてしまい、商機を逃すかもしれません。つまり、設計部門にとって「正しい」判断が、会社全体にとっては「間違っている」こともあるのです。

 製造でも同様です。製造部門を歩留まりのデータで評価するとします。そうすると、収益率は高いけれども製造が困難な製品よりも、たとえ薄利であっても製造が容易な製品を作ることが良しとされかねません。ここでも、製造部門が「正しい」判断をすることが、会社に不利益になることもあるのです。

 営業に関しても、日本企業の営業は「売りたがらない」と言われることがあります。車載や産業用途など、製品の信頼性に非常に厳しい要求をする市場があります。製品の信頼性への要求が比較的緩いコンシューマー向けに開発してきた製品を、こういった高い信頼性を求める市場に販売すると、市場不良のリスクが高まります。

 もし営業部門の基準が「できるだけトラブルを起こさないように」という、リスク回避の傾向が強いとしたら、「売らない」ことが正しい判断になります。その結果、市場拡大のチャンスを逃してしまうかもしれません。

 このように、たとえデータがあったとしても、各部門がバラバラに独自の基準で判断していては、全体としては最適な判断にならないのです。

 会社全体で様々なデータを共有し、全体最適化をはかるということは、場合によっては、ある部門の中では最適では無い状態を強要すること。こういった判断は、ボトムアップの意思決定、各部門だけではすることができません。トップダウンのリーダーシップが不可欠なのです。

 コンテンツからソフトウエア、ハードウエアまで全体の最適化に成功したApple(アップル)
の強みとして、ウォルター・アイザックソン著の「スティーブ・ジョブズ」には次のように書かれています。

 「アップルは、半ば独立した部門の集合体という形になっていない。ジョブズがすべての部門をコントロールしているため、全体がまとまり、損益計算書がひとつの柔軟な会社となっている。」

 日本企業のようなボトムアップの意思決定では、世界の厳しい競争に勝ち残るのは難しい。ジョブズのように組織の全体をコントロールするのは難しいとしても、各部門をある程度は束ね、会社全体として最適化するリーダーシップが必要なのです。

 日本の製造業のカギは死蔵されているデータの活用にあります。しかし、データの活用を阻む部門間の壁を超えるためには、経営者の強いリーダーシップが必要とされているのです。