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これは、まるで玉手箱のよう

2013/04/26 00:00
高橋 史忠=Tech-On!
出典:日経エレクトロニクス2002年4月8日号pp.214-215 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 1997年末。松下電器産業(現パナソニック)の光ディスク事業部では携帯型DVDプレーヤの量産に向けた調整が最終局面を迎えていた。試作機は完成した。エレクトロニクスショーにも出展した。しかし,まだまだ課題は山積みになっている。放熱対策,カラー液晶パネルの画質,EMI対策…。開発に携わる技術者たちは,寝ても覚めても携帯型DVDプレーヤのことが頭から離れない。年末には自宅にも試作機を持ち帰り,解決策を練るほど。そして,1998年が明けた。輝きとともに。

 雪降る米子での苦悩を経て,スピンドル・モータの軸折れ事件は解決した。これと相前後して,浦入や宮崎が苦労した落下試験も何とか無事に通過する。既に正月は過ぎ去っている。

 落下試験の終了は,量産にゴーサインが出たことを意味していた。この年の2月10日には製品が店頭に並んでいなければならない。期限は,もう1カ月を切った。工場には次々と部品が運ばれ,あとは生産ラインを動かすだけ。しかし,問題は尽きない。

「おい。スピンドル・モータはどないしたんや」

「全然,足りんやないか」

「いつ届くんや」

 米子の事務所で山根は,電話が鳴るたびに戦々恐々としていた。

「はい,モータ社です」

「明尾やけど」

「あ,どうも」

「モータ,どうや」

「今,鋭意作業を進めてます」

 軸折れ事件は解決したが,なかなか歩留まりは上がらず,半分しか良品ができない。

「こんだけできました」

「こんなん,全然足りんわ」

「分かりました。すぐ作ります」

 届いたスピンドル・モータの数と同じ数の携帯型DVDプレーヤ。徐々に製品は姿を見せ始める。しかし,残る日数はわずか。陣頭指揮する四角の怒声が開発現場に響く。

「おい,お客さんだけには迷惑かけたらあかんで!」

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
CD:compact disc  DVD:Digital Video Disc
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胸に光る勲章

 1998年5月。松下電器では,毎年恒例の創業記念式典が開かれていた。その式典会場で,DVDプレーヤの開発部隊が顔を合わせた。毎日のように見ている顔ぶれだが,この日ばかりは目の輝きが少し違う。

「いやー。苦労したけど,良かったな」

「ああ,ほんまや。アメリカでは,据置型も立ち上がり始めてるし」

 思い出話に花が咲く。

「そういえば,こないだの顧客アンケート,読んだか」

「まだ見てへんけど」

「病院の待合室で映画を見てるらしい」

「誰がですか」

「お年寄りとか,病院によく行く人や」

「ほんまですかそれ」

「フィットネス・クラブで,ランニング・マシンとかやりながら見てる人もいてるって聞いたわ」

「こないだ初めて電車で見ましたよ。カバンからこう,出してね」

「それそれ,ワシも見たで」

 この日,DVDプレーヤの開発部隊は,社内表彰を受けた。姿こそ見えないが,据置型,そして携帯型のDVDプレーヤを開発した技術者たちの胸には「世界初」という名の勲章が光る。

「うーん。土日はほとんどなかったですね。社内規則に引っ掛かるんで,あんまり大きな声じゃ言えないんですけど。夜中も結構…。打ち上げの宴会とかもやったんです。でも,ホッとするのが先であまりよく覚えていません。すぐに次の製品の開発が始まっていましたし。あ,そういえば創業記念式典では,四角さんと一緒に写真を撮ったなあ」

虹色の輝きの中で

 携帯型DVDプレーヤの発売を見届けた四角は,関西に本社を置く大手家電メーカーの技術担当役員と偶然に顔を合わせた。四角とは同級の彼は,少し悔しそうな口調ながらも,笑顔で祝福してくれたという。

「あれ,お前がやったんやろう。お前んとこは技術があるな。ほんまやったら,ウチがやらんといかん商品や」

満面の笑みで
満面の笑みで
松下電器産業の光ディスク事業部 事業部長を務めた四角利和氏。同社を退職した後は,電子機器の企画設計,部品調達,在庫管理などを手がけるベンチャー企業のE2openジャパンで代表取締役社長を務めた。(写真:福田一郎)

 振り返れば,携帯型CDプレーヤの開発からは15年以上の月日が流れていた。38年間勤め上げた松下電器を辞した四角は,米国に本社を置くベンチャー企業の日本法人社長となった。

 機器開発からは少し距離を置いた今でも,家電量販店に立ち寄るたびにAV機器の新製品に目が留まる。「ソニー、許すまじ」との思いで必死に開発した携帯型CDプレーヤは,一昔前では想像できないほどに小さく薄く軽くなった。DVDプレーヤも,大ヒット商品の仲間入りを果たし,展示スペースに所狭しと並んでいる。

「新製品を見るとね,いまだに『俺ならこうするんやけど…』と思ってしまう。自宅でも,重箱の隅をつつくように画質や音質を比べたりして。職業病です。でも,最近では料理をしながらとか,寝転びながら音楽を聴けるようになりました。単身赴任なんでね。新しいAV機器を買って,好きなジャズ・ボーカルを純粋に楽しんでます。実は,美空ひばりが好きで…」

 経営者の顔の中に,AV機器開発に長年携わってきた技術者の顔をのぞかせる四角。彼は最近,雑誌のインタビュー1)で自らの信念をこう披露している。

1)『Gainer』,2001年12月号,p.138.

「勝ってやろうと考え,挑戦する人間には失敗がついてまわりますが,そうした熱意の持ち主は必ずや失敗を成功につなぎます」

 世界初の携帯型DVDプレーヤを生み出す原動力は,ここにあった。ソニーに対する敗北感。そして,そこから立ち上がった不屈の闘志。敗北の悔しさは勝利への原動力を生み,その原動力は勝利を実現するための修羅場を生み出す。彼は,インタビューでこうも言う。

「修羅場は1度経験したら2度目からは修羅場ではない」

 携帯型CDプレーヤから携帯型DVDプレーヤまで,勝利を求めんがために生み出し続けた数多くの修羅場。それを薄氷を踏む思いでくぐり抜け,新しい製品を生み出した。彼の手元には,携帯型DVDプレーヤを購入したユーザーから届いた1通の手紙が今でも大切に保管してある。

「これは,まるで玉手箱のよう。感動しました」

 彼が抱える小さな銀色の玉手箱は,既に次なる勝利を見据えている。(文中敬称略)

(「携帯型DVDプレーヤの開発」、終わり)