1997年末。松下電器産業(現パナソニック)の光ディスク事業部では携帯型DVDプレーヤの量産に向けた調整が最終局面を迎えていた。試作機は完成した。エレクトロニクスショーにも出展した。しかし,まだまだ課題は山積みになっている。放熱対策,カラー液晶パネルの画質,EMI対策…。開発に携わる技術者たちは,寝ても覚めても携帯型DVDプレーヤのことが頭から離れない。年末には自宅にも試作機を持ち帰り,解決策を練るほど。そして,1998年が明ける。

 1998年1月8日。松下電器産業は東京都内で製品発表会を開いた。会場に集まった多くの記者が見つめる先に鎮座するのは,古びたSP盤の小型蓄音機。齢60を超えたその装置から流れてくるのは村田英雄の「王将」だった。

世界初を強調<br>松下電器産業が1998年1月に開いた携帯型DVDプレーヤの製品発表会で,報道陣に配った資料の一部。携帯型DVDプレーヤの先進性とともに「世界初」を強調した。資料全体では,5回ほどこの言葉が登場する。
世界初を強調
松下電器産業が1998年1月に開いた携帯型DVDプレーヤの製品発表会で,報道陣に配った資料の一部。携帯型DVDプレーヤの先進性とともに「世界初」を強調した。資料全体では,5回ほどこの言葉が登場する。
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 会場をノスタルジックな空気が支配し始めたそのとき,シルバーに装った小さなAV(オーディオ・ビジュアル)機器にスポットが当てられた。瞬間にして,ひな壇の主役は変わり,60年間が一気に過ぎ去る。

「これが,松下電器産業が満を持して発売する『世界初』の携帯型DVDプレーヤです」

 松下電器の光ディスク事業部がほぼ1年半をかけて開発したカラー液晶パネル付きの携帯型DVDプレーヤ。発売日は1998年2月10日。価格は15万円。銀色に輝く新コンセプトのAV機器がデビューした瞬間だった。

 ――これはいける。

 ひな壇の上で記者席を見渡しながら,事業部長の四角(よすみ)利和は手応えを感じていた。古きを温(たず)ね新しきを知る。すべては四角が考えた演出だった。わざわざ四角が中国で購入した小型蓄音機。蓄音機としては初めての小型機と,世界で初めての液晶パネル付きの携帯型DVDプレーヤが競演する。

 世界初のモータ,世界初の位置決め機構,世界初の光ピックアップ…。発表会で松下電器は「世界初」を強調した。それは13年前からたまりにたまった鬱憤(うっぷん)を晴らすかのように。

 ――ついにやったで。

 「ソニー許すまじ」。四角の脳裏には,13年前に携帯型CDプレーヤの開発でまみれた敗北の言葉が浮かんでいたに違いない。それと同時に「してやったり」という勝利の言葉も。

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史<br>CD:compact disc  DVD:Digital Video Disc
CD:compact disc  DVD:Digital Video Disc
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