品質管理部門がやって来た
しかし,製品開発が終盤に近づくと岩崎らの主張に有利な方向に風向きが変わってきた。社内の品質管理部門が製品化に向けた最終チェックを始めたからだ。
どうやら,品質管理部門は製品開発の最終段階で絶大な発言力をもっているようである。実際,畠中は担当していたスピーカに関して,かなり手ひどい評価を受けたという。
「畠中さん。これはひどいわ」
「はあ」
「これ,10万円以上もすんのやろ。それなのに500円のラジオよりも音が悪いわ。こんなんじゃ,とても松下ブランドの製品としては出せん」
決してスピーカが悪いわけではなかった。携帯型という小さな機器である以上,音質を高めるには構造上で限界がある。それでも容赦しない品質管理部門のチェックで,畠中は最後まで音質向上の努力を続けた。
この品質管理部門が液晶パネルのチェックを始めたのである。開発部隊としては,液晶パネルの交渉にこの部門の発言を利用しない手はない。
「ドット欠陥を許容できるのはここまでですわ。それでこの値段いうことで」
「いや。それは無理や」
「でもね,品質管理部門が言うんですわ。これ以上の欠陥があったら松下ブランドは付けられんとね」
「……」
結局,最終的には岩崎らの主張がほぼ受け入れられた。畠中は言う。
「今回の携帯型DVDプレーヤは液晶パネルが命でしたから。1個でも目に見える欠陥があったら商品価値はガクッと下がってしまう。それをなかなか理解してもらえませんでした。幸い,品質管理部門の欠陥に対するチェックが厳しくて,それで力関係が逆転した。量産直前にようやく欠陥のない液晶パネルを優先的に融通してもらえることになったんです」
かくして佳境を迎えた携帯型DVDプレーヤの開発。熱対策や液晶パネルの担当者だけでなく,開発メンバーの多くが夜を徹し,休日を返上しながら最終調整に励む。
だが,修羅場はこれだけでは済まなかった。
「ガシャーン」
今日も,光ディスク事業部の一角では,この世のものとは思えぬ不気味な音が鳴り響いていた。(文中敬称略)