1997年。松下電器産業(現パナソニック)の光ディスク事業部では携帯型DVDプレーヤの先行開発が着々と進んでいた。先行開発部隊の面々は,石川県にある同社の液晶事業部を訪ね,中核となるカラー液晶パネルに関する技術を入手する。電池,光ピックアップ,液晶パネル,電子回路…。開発期間に対する事業部長の叱責を乗り越え,設計仕様に関する企画書を完成させる先行開発部隊。同2月には,先行開発から実際の機器設計へと舞台を移す。そんな中,液晶パネル表示用の基板の小型化に1人で目を血走らせる技術者がいた。

 初夏の気配が色濃くなってきたころ,基板はようやく完成した。苦心の跡が残る名刺よりも小さな基板。液晶パネルには映像が映る。

ようやく収まりました<br>開発した液晶パネル用の信号変換回路を持つ松下電器産業の岩崎栄次氏。何も知らないアナログ回路を見よう見まねで何とか完成させた。(写真:竹谷嘉子)
ようやく収まりました
開発した液晶パネル用の信号変換回路を持つ松下電器産業の岩崎栄次氏。何も知らないアナログ回路を見よう見まねで何とか完成させた。(写真:竹谷嘉子)
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「すごいで。やったで。見てや」

 岩崎は満面の笑みで,上司や同僚に報告した。

「映っとるやないか。やったな」

「そうですよ。苦労しましたわ」

「でもな,何でこんなにボリュームを使うんや」

「へ?」

「いや,このツマミな。もっと減らせるやろ」

 岩崎の試作した回路には,輝度調整や色補正,ICや液晶パネルのバラつきを補正するためにかなり多くのボリュームが付いていた。ほかの部品が小さいだけに基板に載せた11個のボリュームは異様なまでの大きさに見える。

「いや,要るんですわ。これぐらい付けんと映像がきれいにならへん」

「そんなことないやろ。何とかしたら1個でも2個でも減らせるはずや。ただでさえ6層の高い基板使ってるんやで」

 ――それはできんやろ。こう頭をひねりながらも岩崎は,またあちこちに意見を聞き回った。

「というわけで,ボリューム減らせいう話になってますねん。そっちではどないしてます」

「うーん。こっちでは減らしたりもするけどな,これDVD用やろ。画質はきちんとせなあかんとちゃう」

「そうです」

「そやったら,この辺は見極めなあかんで…」

 他の事業部の専門家にこう言われ,元気百倍。岩崎は自分が進めた開発が間違っていないことに自信を得る。結局,ボリュームは11個で押し通したのだという

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
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