もっとええやつあるんですよ
量産が延期になったにもかかわらず,なぜか四角は上機嫌だった。
「なんや。できとるやないか」
ある日,開発室に来た四角が目ざとく試作機を見つけた。ほぼ製品に近い形状の試作機は既に完成し,液晶パネルは映像を映し出していた。
――よし,これでソニーをギャフンといわせられるで…。四角はこう思ったに違いない。そこには,出来上がった試作機を我が子のように愛(め)でる四角の姿があった。
「どーですか,調子は」
四角の周りに群がる新聞や雑誌の記者が尋ねる。1997年9月29日。松下電器はこの年の年末商戦に投入するDVDプレーヤの報道関係者向け発表会を東京で開いた。この発表会で披露した製品は,据置型DVDプレーヤ3機種である。DVDプレーヤ発売後の1年を振り返り,高画質・高音質の高級機種を前面に押し出した。まだ完成していない携帯型DVDプレーヤのことなどはおくびにも出さない。
「今回は高級機種が多いですね。来年はこれで勝負ですか」
「まあ,そうですな」
記者が繰り出す1つひとつの質問に丁寧に答える四角。
「まだ隠してるのあるんじゃないですか」
「おお。さすが鋭いですね。やっぱり分かりますか。実はね,別にもっとええやつがあるんですけどね」
――えっ。
四角とともに説明員として発表会に参加した倉橋は,そう語る四角の大きな声に思わず振り返った。
――四角さん,「アレ」のこと言うつもりやろか。ドキドキしながら四角の方を見る倉橋。
「へぇー。どんなやつですか。教えてくださいよ」
「実はね…。いやー。でもやっぱり言えんな」
「それはないでしょ。ヒントだけでも」
「じゃ,ちょっとだけ…。いやダメダメ」
「そんなこと言わないで」
「うーん。言いたいとこやけど,やっぱりまだ秘密にしておきますわ」