壁一面に…
四角の台詞を聞いたデザイン担当の坂本哲は,1年半前を思い出した。坂本は,四角が「負けとるで」と比較したコンセプト・モックアップを製作した張本人である。
――据置型DVDプレーヤの時もそやったな…。
1995年暮れも押し迫ったある日。坂本は据置型DVDプレーヤの第1号機のデザイン案を四角に対して,同じようにプレゼンテーションしてみせた。それを終えた坂本の目をじっと見ながら四角が言う。
「それでほんまにあらゆる可能性を試したんか」
「えっ」
「試したんかと聞いとるんや」
「ええ。一応」
「そうか。もしそうやったら,デザイン画でこの壁一面を埋めてみい」
「はぁ…」
レーザーディスク・プレーヤの開発部隊にいたころから四角とともに仕事をしてきた坂本は,四角のデザインに対するこだわりを誰よりもよく知っていた。
――それにしても,壁一面とは…。そんなこと,とは思うが,やらなければきっとカミナリが落ちる。どないしよ。
「分かりました」
結論は1つだった。坂本はこれまで検討してきたデザイン画を壁に貼り始めた。最後の1枚を壁に貼り終えると,坂本は四角の方を振り返る。
「これでよろしいですか」
四角は満足そうに笑みを浮かべた。
坂本は言う。
「四角さんは長年,高級オーディオ機器を開発していたので,デザインに対するこだわりがすごい。妥協を許さないんですよ。私も納得できる部分は直すし,そうでないと直さない。それでまた怒られる。結果に対してもそうなんですけど,特にうるさく言われるのは『姿勢』です。どんなふうに考えて,どんなふうに開発したのか。それを問われるんです」