壁一面に…

デザイン・コンセプトに負けとるで<br>1997年5月に開いたデザイン検討会のメモ。松下電器産業 光ディスク事業部 事業部長の四角利和氏が飛ばした「2年前に作ったモックアップはよう出来ている。デザインも負けとるぞ! これぞDVDというデザインにしてくれ!」というゲキが記述してある。(写真:竹谷嘉子)
デザイン・コンセプトに負けとるで
1997年5月に開いたデザイン検討会のメモ。松下電器産業 光ディスク事業部 事業部長の四角利和氏が飛ばした「2年前に作ったモックアップはよう出来ている。デザインも負けとるぞ! これぞDVDというデザインにしてくれ!」というゲキが記述してある。(写真:竹谷嘉子)
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 四角の台詞を聞いたデザイン担当の坂本哲は,1年半前を思い出した。坂本は,四角が「負けとるで」と比較したコンセプト・モックアップを製作した張本人である。

 ――据置型DVDプレーヤの時もそやったな…。

 1995年暮れも押し迫ったある日。坂本は据置型DVDプレーヤの第1号機のデザイン案を四角に対して,同じようにプレゼンテーションしてみせた。それを終えた坂本の目をじっと見ながら四角が言う。

「それでほんまにあらゆる可能性を試したんか」

「えっ」

「試したんかと聞いとるんや」

「ええ。一応」

「そうか。もしそうやったら,デザイン画でこの壁一面を埋めてみい」

「はぁ…」

 レーザーディスク・プレーヤの開発部隊にいたころから四角とともに仕事をしてきた坂本は,四角のデザインに対するこだわりを誰よりもよく知っていた。

 ――それにしても,壁一面とは…。そんなこと,とは思うが,やらなければきっとカミナリが落ちる。どないしよ。

「分かりました」

 結論は1つだった。坂本はこれまで検討してきたデザイン画を壁に貼り始めた。最後の1枚を壁に貼り終えると,坂本は四角の方を振り返る。

「これでよろしいですか」

 四角は満足そうに笑みを浮かべた。

 坂本は言う。

「四角さんは長年,高級オーディオ機器を開発していたので,デザインに対するこだわりがすごい。妥協を許さないんですよ。私も納得できる部分は直すし,そうでないと直さない。それでまた怒られる。結果に対してもそうなんですけど,特にうるさく言われるのは『姿勢』です。どんなふうに考えて,どんなふうに開発したのか。それを問われるんです」