日経テクノロジーオンライン

そんなもん言われんでも知っとる

2013/03/29 00:00
高橋 史忠=Tech-On!
出典:日経エレクトロニクス2002年3月11日号pp.179-182 (記事は執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります)

 1997年。松下電器産業(現パナソニック)の光ディスク事業部では携帯型DVDプレーヤの先行開発が着々と進んでいた。先行開発部隊の面々は,石川県にある同社の液晶事業部を訪ね,中核となるカラー液晶パネルに関する技術を入手する。電池,光ピックアップ,液晶パネル,電子回路…。開発期間に対する事業部長の叱責を乗り越え,設計仕様に関する企画書を完成させる先行開発部隊。同2月には,先行開発から実際の機器設計へと舞台を移す。少しずつ技術者が集結し始めた開発現場は活気が漂い始めていた。

「それ,ええやないの」

 1997年5月。松下電器産業の光ディスク事業部では,携帯型DVDプレーヤの開発部隊がデザイン担当者を交えて何度目かのデザイン検討会議を開いていた。このころ既に固まりつつあった携帯型DVDプレーヤの外部デザインを詰めるのが目的である。

「5.8インチ型の液晶パネルを使って,CDジャケット・サイズを実現すると,全体的なデザインはこんな感じになると思います。前面のこの辺りに操作ボタンを配置して,背面に出力端子を…」

 幾つかのデザイン画に基づいてプレゼンテーションを進めるデザイン担当者。それに対する開発部隊からの意見が相次ぐ。

「なんかカッコええな」

「でも,そこの部分はきつそうや」

「そうするとこの辺のメカとか,基板の大きさを変更せんとあかんな」

 製品としての形が見え始め,沸き立つ開発部隊。自然と議論は盛り上がった。その時,盛り上がる議論を遮るかのように,同席していた事業部長の四角(よすみ)利和が口を開く。

「なかなかええやないか」

 一同が一斉に四角を見た。

「でもな…」

 四角は続ける。

「まだ,いろんな可能性を検討できるやろ。これやったら2年前のコンセプト・モックアップに負けとるで。携帯型はDVDプレーヤの目玉商品や。『これぞDVD』というデザインにしてくれ」

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
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壁一面に…

デザイン・コンセプトに負けとるで
1997年5月に開いたデザイン検討会のメモ。松下電器産業 光ディスク事業部 事業部長の四角利和氏が飛ばした「2年前に作ったモックアップはよう出来ている。デザインも負けとるぞ! これぞDVDというデザインにしてくれ!」というゲキが記述してある。(写真:竹谷嘉子)
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 四角の台詞を聞いたデザイン担当の坂本哲は,1年半前を思い出した。坂本は,四角が「負けとるで」と比較したコンセプト・モックアップを製作した張本人である。

 ――据置型DVDプレーヤの時もそやったな…。

 1995年暮れも押し迫ったある日。坂本は据置型DVDプレーヤの第1号機のデザイン案を四角に対して,同じようにプレゼンテーションしてみせた。それを終えた坂本の目をじっと見ながら四角が言う。

「それでほんまにあらゆる可能性を試したんか」

「えっ」

「試したんかと聞いとるんや」

「ええ。一応」

「そうか。もしそうやったら,デザイン画でこの壁一面を埋めてみい」

「はぁ…」

 レーザーディスク・プレーヤの開発部隊にいたころから四角とともに仕事をしてきた坂本は,四角のデザインに対するこだわりを誰よりもよく知っていた。

 ――それにしても,壁一面とは…。そんなこと,とは思うが,やらなければきっとカミナリが落ちる。どないしよ。

「分かりました」

 結論は1つだった。坂本はこれまで検討してきたデザイン画を壁に貼り始めた。最後の1枚を壁に貼り終えると,坂本は四角の方を振り返る。

「これでよろしいですか」

 四角は満足そうに笑みを浮かべた。

 坂本は言う。

「四角さんは長年,高級オーディオ機器を開発していたので,デザインに対するこだわりがすごい。妥協を許さないんですよ。私も納得できる部分は直すし,そうでないと直さない。それでまた怒られる。結果に対してもそうなんですけど,特にうるさく言われるのは『姿勢』です。どんなふうに考えて,どんなふうに開発したのか。それを問われるんです」

『黒』はないやろ

 携帯型DVDプレーヤのデザインで四角がこだわったのは,従来のAV(オーディオ・ビジュアル)機器とは異なる先進性と高級感を並立させることだった。

「こんな感じにしようと思ってます」

 ある日の打ち合わせで,坂本は四角に携帯型DVDプレーヤのデザイン画を見せた。それを一瞥した四角は言う。

「『黒』はないやろ。当たり前過ぎると思わんのか」

「でも…」

「でも,何や」

「AV機器では暗い色が常道です」

「そんなもん言われんでも知っとるわ。でも,黒やったら他のAV機器と変わらんやろ」

 坂本としては,筐体の色を黒にすることで携帯型DVDプレーヤをより小さい印象にできると踏んでいた。CDジャケット・サイズの携帯型DVDプレーヤは当時としてはかなり小さかったが,液晶パネルを組み込んだ表示部が加わると,少し厚みが目立つ印象だった。

「黒の方が全体的に締まって,小さく見えます。当たり前過ぎるとお思いでしょうが,今回はあえて黒にした方が…」

「いや,違うで。今回の製品は,未来的な雰囲気で売るんや。シルバーでいこやないか。シルバーで」

 やはり黒でしょ。いやシルバーや。押し問答が続いた。この時のことを坂本は苦笑いしながら振り返る。

「初めての製品カテゴリでしょ? ユーザー像が見えにくかったので,誰にでも親しまれやすいシンプルなデザインを心掛けたんです。そこまではよかったんですが,最後に色でもめた。結局,四角さんの主張が通りました。今考えれば『DVDが持つ高級感と先進性』という前提では,シルバーが適切だったと思います。でも,ほんとに最後までひざを突き合わせて,やりあったというか,一方的にやられたというか…」

任す方も任す方や

 ほぼ固まりつつあるデザイン。だが,その中に部品を詰める作業がまだ残っている。ただし,形が固まってきたことで開発部隊の目標はこれまで以上に明確になった。デザインに合わせた部品の小型化は急ピッチで進む。

 こうした中,まだ携帯型機器のものとは思えない大きな基板を前に1人で目を血走らせる技術者がいた。この年の正月に先行開発部隊として石川県の液晶事業部を訪ねた岩崎栄次である。

「ココ,どうなっとんのや?」

 岩崎の前に広がっていたのは,携帯型DVDプレーヤの中核を担うカラー液晶パネルの周辺回路である。彼は液晶事業部で見た評価回路を,回路図と教科書を首っ引きで,見よう見まねで試作していた。

「ほんま,任す方も任す方や。もう時間もあらへんしな」

 こう愚痴りたくなるのも当たり前だった。開発に手を着けるまで液晶パネルの周辺回路など,その存在すら知らない。映像のデジタル信号処理が専門の岩崎にとって,アナログ回路のお化けである周辺回路は教科書レベルから学ぶ必要があった。液晶事業部に送った質問のファクシミリや電子メールは,もう何通になったか分からない。

「知り合いの知り合いをたどって,ビデオ事業部とか,テレビ事業部とかにも,頭下げて何度も教えてもらいに行ったんですよ。カメラ一体型VTRとか,液晶テレビとか,液晶パネルを使う似たような製品を作っていましたから」

この抵抗,どこやねん

 評価回路との格闘が1カ月を過ぎ,ようやく回路に対する理解が深まると,岩崎は次に小型化に取り組んだ。携帯型DVDプレーヤにこの周辺回路を内蔵するには,基板のサイズを名刺大よりも小さくしなければならない。しかも,基板を収めるスペースは,ほかの事業部の話を参考にできないほど狭い。特に高さ方向の制約が厳しく,こればかりは独自に開発を進めるしかなかった。

「変やな。どっか間違うとると思うんやけど。どこやろ」

 目を細めて基板を覗き込む。

「あれ? この抵抗,何Ωやったっけ。どないすんねん。ありゃー,またハンダ付けし直しや」

 基板を小さくするため,岩崎は当初予定していたよりもひと回り小さい抵抗やコンデンサなどの採用を決めていた。いわゆる「1005部品(1.0mm×0.5mm)」に変更したのである。6層基板の上に載った1005部品には,抵抗値やコンデンサの容量が記載されていない。岩崎は米粒をピンセットでつまむような細かい作業を何度も繰り返した。

「まだできんのか。そんな小っさな回路,すぐできるやろ」

「いや,それが…」

 難航する作業を1人で黙々と続ける岩崎に対して,開発部隊の仲間からは矢のような催促が飛んでくる。そのたびに岩崎は頭をかいて,力なく笑うしかなかった。(文中敬称略)