『黒』はないやろ

 携帯型DVDプレーヤのデザインで四角がこだわったのは,従来のAV(オーディオ・ビジュアル)機器とは異なる先進性と高級感を並立させることだった。

「こんな感じにしようと思ってます」

 ある日の打ち合わせで,坂本は四角に携帯型DVDプレーヤのデザイン画を見せた。それを一瞥した四角は言う。

「『黒』はないやろ。当たり前過ぎると思わんのか」

「でも…」

「でも,何や」

「AV機器では暗い色が常道です」

「そんなもん言われんでも知っとるわ。でも,黒やったら他のAV機器と変わらんやろ」

 坂本としては,筐体の色を黒にすることで携帯型DVDプレーヤをより小さい印象にできると踏んでいた。CDジャケット・サイズの携帯型DVDプレーヤは当時としてはかなり小さかったが,液晶パネルを組み込んだ表示部が加わると,少し厚みが目立つ印象だった。

「黒の方が全体的に締まって,小さく見えます。当たり前過ぎるとお思いでしょうが,今回はあえて黒にした方が…」

「いや,違うで。今回の製品は,未来的な雰囲気で売るんや。シルバーでいこやないか。シルバーで」

 やはり黒でしょ。いやシルバーや。押し問答が続いた。この時のことを坂本は苦笑いしながら振り返る。

「初めての製品カテゴリでしょ? ユーザー像が見えにくかったので,誰にでも親しまれやすいシンプルなデザインを心掛けたんです。そこまではよかったんですが,最後に色でもめた。結局,四角さんの主張が通りました。今考えれば『DVDが持つ高級感と先進性』という前提では,シルバーが適切だったと思います。でも,ほんとに最後までひざを突き合わせて,やりあったというか,一方的にやられたというか…」