2つの陣営が繰り広げたDVDの規格争いが終焉しDVDプレーヤの製品化で世界初を目指した松下電器産業(現パナソニック)。製品化直前に決まったコピー防止技術の組み込みやバグ問題が頻発したLSIの開発など,山積する多くの課題を乗り越え同社の開発陣は据置型DVDプレーヤで「世界初」の栄冠を勝ち取る。しかし,DVDプレーヤ事業を担当する光ディスク事業部で事業部長を務める四角(よすみ)利和はそれには満足していなかった。据置型DVDプレーヤの登場で業界が沸き立っていたころ,同事業部では別のプロジェクトが胎動していた。

「Cheers!」

 グラスを合わせる乾いた音がレストラン内に響いた。

「ついに出ましたね」

「ええ,ようやく」

「まずまず売れてるようで。いい感じじゃないですか」

「まあ,まだ最初やから。ぼちぼちですわ。映画の方はどないですか」

「まだまだですな」

 パームツリーの間をさわやかな風が吹き抜け,全米随一の避寒地であるフロリダ州マイアミに夕闇が迫る。中南米と米国東海岸。2つの文化が解け合いエスニックな雰囲気が漂うこの街で,2人の男が杯を傾けていた。日本で据置型DVDプレーヤの発売が始まり,家電メーカー各社が期待感に胸を膨らませていたころのことである。

 夕食のテーブルを囲んで談笑していたのは,松下電器産業の光ディスク事業部で事業部長を務める四角利和と,米Warner Home Video社の社長,Warren Lieberfarbだった。家電業界と映画業界。異なる文化を持つ2つの業界は,新型のAV(オーディオ・ビジュアル)機器が登場するたびに互いの利害をぶつけ合ってきた。あるときは激しく非難し合い,またあるときは協力し合い,微妙に距離を置きながら消費者に新しい娯楽を与えてきたのである。

 四角が家電一筋30年の猛者(もさ)ならば,Lieberfarbは映画業界で老練な政治力を発揮してきた古強者(ふるつわもの)。いずれも,その業界では知らぬ者がいない人物である。そのころLieberfarbは,東芝や松下電器などが推進したSD(Super Density)規格の策定で大きな政治力を発揮し,技術開発を進める家電メーカーに映画の都「ハリウッド」の意向をアピールし続けていた。

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史<br>CD:compact disc  DVD:Digital Video Disc
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