何度起きたことか

 同じような不具合が発生したのはこのときだけではなかった。少し前にも,映像が止まる症状は見つかっていた。試作機を役員会でデモしたときのこと。DVDプレーヤは,居並ぶ役員を前に「フリーズ」したのである。

 四角はそのときの様子をこう話す。

「本当に特殊な条件じゃないと出てこないバグなんですよ。でもね,そういうバグに限って,節目になると必ず出てくるんですわ。役員会のときは『今日はリモコンの調子が悪いみたいです』とごまかした。でも,会議室を出るときに技術担当の役員に呼び止められましてね。『あれ,ウソやろ』と耳元で囁かれた」

 このときに映像が止まる症状に対する対策は講じており,症状は治癒したかに見えていた。その後も問題はあったものの,大きく開発スケジュールを変更するような内容のものではない。発売日が迫っていたとはいえ,技術陣の中にはまだ余裕があった。

 しかし,今回ばかりは切迫感が違っていた。もう試作段階ではない。既に量産が始まりつつある時期である。LSIも,回路基板も,ほとんどの部品が量産に向けて次々と工場に運び込まれ始めていた。しかも,信頼を寄せる部下が,この時期に「致命的」と話すのはよっぽどのことだろう。

「そんなわけでして,勝手ながら,現場の判断でラインは止めました」

「なんやて?」

「いや,量産ラインを…」

「アホゥ! 勝手なことすな」

 四角の「カミナリ」が電話線を通じ,開発現場に響く。

「まあいい。とにかく月曜や。月曜に何とかするで」

 ――自宅に電話してくんなや。今晩眠られへんやないか…。