筆者は、数年前からデジタルヘルス分野の取材をするようになり、数多くの医師に取材する機会を得てきました。どんな取材先であれ、忙しい業務の合間を縫って時間をもらっていることに気を使いながら取材をしているわけですが、医師への取材の際には、当初は特別な気を使っていたような気がします。

 エレクトロニクス企業を取材する際には、同じ業界に携わっているという“仲間意識”や“安心感”が少なからずあるわけですが、医師への取材となるとそうもいかないという“気持ちの壁”があったからです。さらには、「そもそも前提となる問題意識を共有できるのか」「こちらの“言葉”は通じるのか、相手の“言葉”は理解できるのか」といった技術論的な不安もありました。

 しかも、取材相手が臨床医、とりわけ救急医ともなれば、取材と並行して人命にかかわる事態が刻一刻と起きているのではないかという不安を感じ、通常の取材以上に時間に気を使っていたのも事実です。

 翻って、昨今では医療現場のニーズとエレクトロニクス企業のシーズを組み合わせることによる、医療機器などのイノベーションの重要性が叫ばれています。しかし、これまで医療業界との接点を持っていなかったエレクトロニクス企業が、いざ医師など医療現場にコンタクトしようとする場合には、おそらく冒頭の筆者のエピソードと同様に、特別な気を使ったり、漠然とした不安を抱いたりといった感覚を持つのではないでしょうか。

 ところが、筆者は数年前から医師への取材を重ねれば重ねるほど、当初抱いていた“気持ちの壁”はなくなってきています。「慣れ」と言われればそれまでかもしれませんが、それ以上に、医師の側が我々(エレクトロニクス業界)を決して“違う世界の人”とは思っていないことに気が付いたからです。むしろ、医療をより良くしていくための“仲間”だという意識を持っている医師が決して少なくないのです。

 2012年4月に横浜で開催された医療機器展示会の場では、がん研究会 理事の土屋了介氏が医療現場からの立場として、「医師を特別な存在と思わずに、普段、技術者と接するように連携を図ってほしい」と企業に対して訴えていました(Tech-On!関連記事)。筆者は、この発言が強く印象に残っています。

 これから医療機器分野への参入を図りたい、医師との連携を図りたいと考えているエレクトロニクス企業は少なくないと思います。もちろん、そこには多くの現実的な壁があるでしょう。しかし、少なくとも企業の側から“気持ちの壁”を作ってしまう必要はないのだと感じています。