1995年,次世代AV機器「DVDプレーヤ」の規格競争が勃発した。東芝や松下電器産業(現パナソニック)などの6社が推進する「SD規格」と,ソニーなどが推進する「MMCD規格」。2つの規格が,真っ向からぶつかり合ったのだ。だが,激しい覇権争いの末に,規格は統一への道を歩み始める。そうなれば,後は製品開発競争。「世界初」のDVDプレーヤの実現に,各社がしのぎを削る。こうした中,松下電器は「光ディスク事業部」を立ち上げた。
 それを統括する事業部長としてやって来たのは「あの男」だった。

怒る人,怒られる人

 四角(よすみ)に対する周囲の人物評は,ほぼ1点に収斂する。とにかく「怒る人」。しかも,その怒り方は尋常なものでなかったようだ。

 DVDプレーヤの開発で初めて四角の部下となった谷口は,当時を思い出しながら苦笑いする。

「あれほど全精力をつぎ込んで怒らはる人は見たことがない。最近では珍しいですわ。あれだけよう怒れるなという感じです。もちろん,ただ怒るわけやあらへんのです。きちんと理由も説明してくれる。論理的にね。理想を高く掲げて,自らもそれに向かってまい進しているから,その目標に達していないとものすごいけんまくで怒らはる。リーダーシップという点ではものすごい人物やと思いますわ」

 当の四角も自分がどのように見られているかは承知の上だったようだ。

「私は周りから厳しいと言われるんですけどね,そういう自覚はあまりないんですよ。技術者は『できない』ということを論理的に説明するのがものすごくうまい。普段は寡黙な技術者も『できない』ということだけは饒舌に説明できる。なにせDVDプレーヤは『世界初』でしたからね。世界初は,普通の開発では実現できないんです。だからこそ,技術者たちを叱咤激励した」

 マルチメディア評論家の麻倉怜二は,著書の中で当時四角が飛ばしていたげきをこう紹介している1)。「松下電器はDVDのはじめから断トツのトップを走る。まず,DVDプレーヤーの世界初の商品化を目指し,すべてのDVD戦線を制覇する」と。

参考文献 1) 麻倉怜士,『DVD』,オーム社,1996年7月.

 かつて携帯型CDプレーヤで「世界初」の勲章を逃した経験を持つ四角は,DVDプレーヤの開発を指揮する立場となって心に期するところがあった。CDプレーヤではソニーに主導権を握られたが,今回は違う。松下電器は規格の主導権を握る側に回った。世界初を狙える絶好の位置に付けていることは間違いない。今こそ世界初の美酒を味わうチャンスだ。そして,その味を技術者たちにも味わってもらいたい…。

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史<br>CD:compact disc  CSS:content scrambling system  DVD:Digital Video Disc  MMCD:Multimedia CD  SD:Super Density
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