この期に及んで
「こりゃまずいな」
「かなりまずいですよ」
1996年秋。街を吹き抜ける風は日に日に冷たさを増す。もうすぐ冬が来ようとしていた。目前に迫ったDVDプレーヤの発売日。谷口と倉橋は,開発室でため息をついていた。開発メンバーの頑張りもあり,無事にCSS用LSIは完成した。それを前に肩を落とし,途方に暮れる2人。この期に及んで何でや。2人の思いは1つだった。
「そういやぁ…」
谷口は何かを思い出したように倉橋を見た。
「今日帰ってきてるんとちゃうの」
「そうやったかもしれません」
「取りあえず,電話してみようや」
「え? 自宅にですか」
「そうするしかないやろ」
「まあ,そうですが」
そうすれば結果はどうなるか,それはかなり容易に想像できた。
「眠れん夜になりそうですな」
「そうやな…」
焦燥感は募るばかり。彼らは顔を見合わせ,取りあえず笑ってみせるしかなかった。(文中敬称略)