新たに加えろ

 実は,前年に歴史的な統一を見せたDVD規格はこの時点でまだ流動的な部分があった。映像ソフトのコピー防止技術に関する規格である。

「作り直しですわ。LSIも,それを載せる基板も。いったんは落ち着いてたんですけど,技術をもう1つ加えることになりまして」

 倉橋は当時のドタバタをこう話す。加えることになったのは,映像ソフトの暗号化方式「CSS(content scrambling system)」だった。この方式の導入を強力に推してきたのは,米国の映画業界である。CSSを入れなければ,我々はソフトを出さない。普及の両輪となる映画ソフトがなければ,DVDは走り出せないことは自明。たとえ製品化間際の要求であっても,そこに議論の余地はなかった。

 ただ,既に完成に近づいていたDVDプレーヤ用LSIを新しく設計し直す余裕はない。製品化の時期を大きくずらすことは許されなかったのである。

「とにかく早く製品化できるように,CSS用の新しいLSIを追加開発することを急遽決めました」

 この後,開発部隊は寝食を忘れてCSS用LSIの開発に没頭する。その間に松下電器は記者会見を開き,据置型DVDプレーヤの製品化を大々的に発表した。

「毎週のように四角さんに発売日を聞きに行きました。とにかく最初に製品化しろという経営トップの意向がありましたから。ほかのメーカーがいつ発表するかとヒヤヒヤし通しでした」

 同社の広報担当者は当時の様子をこう振り返る。発売日は1996年11月1日。綱渡りの日々が続いた。