松下電器産業(現パナソニック)が1998年2月に発売した液晶パネル付きの携帯型DVDプレーヤ「DVD―L10」。「持ち歩いて映像を見るユーザーなんていない」という周囲の声が強い中,新しい分野を切り開いた。「映像を持ち歩く」というユーザー体験は,スマートフォンやタブレット端末で“いつでもどこでも”動画配信を楽しむ現在の生活スタイルに脈々と続いている。新分野を築き上げた製品開発の裏には,ある男の執念があった。

普通にやっては勝てへん

 携帯型CDプレーヤをとにかく早期に開発すること。この目標に向けて,四角(よすみ)をリーダーとするプロジェクト・チームが立ち上がる。

 それを尻目に,ソニーの携帯型CDプレーヤは世の注目をさらっていた。テレビや新聞によれば,持ち歩く用途だけでなく,家の中で据置型として利用する ユーザーも少なくないという。「小さい」「軽い」,そして「安い」。この3つのキーワードがCDプレーヤ市場に再び火を付けようとしていた。しかもすごい 勢いで。急がなければ。

 1984年の暮れも押し迫った12月30日の日曜日。休日にもかかわらず召集された携帯型CDプレーヤの開発メンバーは,製品企画やスケジュールを詰める会議を開いた。

「とにかく早よせんといかん」

「そう言われても,限度ゆうもんがありますわ」

「目ぇ覚ませ。ソニーはもうできとる。それがうちには何でできへんのや」

 企画会議では喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が続き,時には四角の怒号が鳴り響いた。「規格を策定したのはソニーやから,負けてもしゃあない」。何度も口から出掛かったこの捨て台詞を,ようやく四角は噛み殺した。

携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
携帯型DVDプレーヤ開発の歴史
CD : compact disc CES: Consumer Electronics Show DVD : Digital Video Dis
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