「へー,すごいな」

 突然,隣の席から投げ掛けられた言葉が彼を現実に引き戻す。

「え?」

「あ,いや,すいません。それ,いいですね。そんな小さいので映画が見られるんですか」

「ええ,いいでしょ」

 視線の先には,1台のAV(オーディオ・ビジュアル)機器があった。大きさは,音楽用CD(コンパクト・ディスク)ケースを4枚ほど重ねたくらい。ノート・パソコンのようにL字型に開いた機器。そのフタの部分にはめ込まれた5.8インチ型のカラー液晶パネルに映っていたのは,ハリウッド映画の名シーンだった。

「スゴいなぁ。ソニーあたりの新製品ですか」

「いやいや。松下ですわ」

 そう答えながら彼は,つかの間の優越感に浸っていた。まだ作られへんのや。ソニーには。

◇ ◇ ◇

 ――14年前の夏。

 日本は記録ラッシュに沸いていた。2年連続の記録的な猛暑,ロサンゼルス五輪,現読売巨人軍の桑田真澄と清原和博を擁するPL学園が出場した夏の甲子園。それらが生んだ相乗効果は電力使用量の記録すらも塗り替えた。国内電力9社合計の最大電力使用量が初めて1億kWを超えるという異常事態を迎えていたのである。

 何もかもが熱かった。

 国内の大手家電メーカーも例外ではない。暑さが続く毎日に家庭や企業のエアコンはフル回転。新規需要は増加した。エアコンの増産に踏み切るべきか。国内家電メーカーの担当者は,需要増への対応策で頭を悩ませていた。