4万9800円

 記録的な猛暑が去り,穏やかな秋の気配を肌で感じられるようになった1984年10月上旬。出勤した四角は,いつものように事務所にあった業界紙に目を通していた。

「えっ」

 視点が一点に縛り付けられる。それを振り切るように荒々しく新聞を放り投げた彼は,憎々しげに天井をにらみつけた。

「やられた」

 机に投げ出されたその業界紙には,ソニーが同11月に発売する新しいCDプレーヤに関する見出しが躍っていた。

 「5万円を切る携帯型CDプレーヤ」。ソニーが発表したのは,CDケース3枚強ほどの大きさのCDプレーヤ「D―50」,後に「ディスクマン」と呼ばれる製品群の原型だった。世界初の携帯型CDプレーヤの誕生である。

世界初の携帯型CDプレーヤ「D―50」<br>ソニーが満を持して発表したこの携帯型CDプレーヤは,低迷が囁かれ始めていたCDプレーヤ市場を活性化させた。4万9800円という価格は「携帯」するだけでなく,家の中で据置型として利用するユーザーも獲得した。(写真:ソニー)
世界初の携帯型CDプレーヤ「D―50」
ソニーが満を持して発表したこの携帯型CDプレーヤは,低迷が囁かれ始めていたCDプレーヤ市場を活性化させた。4万9800円という価格は「携帯」するだけでなく,家の中で据置型として利用するユーザーも獲得した。(写真:ソニー)

 四角は,小型軽量の携帯型CDプレーヤがこれほどまでに早く登場したことに衝撃を受け,その価格に2度驚いた。本体価格は4万9800円,交流電源アダプタを含めても5万4800円。この製品が発表されるほんの20日ほど前に,日本楽器製造(現ヤマハ)が6万9800円の据置型CDプレーヤ「CDX―2」を発表し,業界関係者を驚かせたばかりだった。日本楽器製造の戦略商品は,それまでの最低価格機より2万円も安かったのである。携帯型で,しかも5万円を切る。ソニーの新製品が四角に与えたインパクトは強烈なものだった。