以前このコラムで、神林長平の「魂の駆動体」というSF小説に触れたことがあります(関連記事)。そのときの説明を引用させていただくと――。

 物語は、クルマの自動運転が実用化された近未来から始まります。事故を起こす可能性のある人間の運転が禁止された結果、クルマを私有する願望をユーザーが失ってしまい、利用したいときには運転手のいない「無人タクシー」を街で拾う、という社会になっています。小説自体は、このあと思いもかけない展開になるのですが… 

 このコラムを書いたのは7年ほど前のことですが、書いたときにはクルマの自動運転の実用化など、遠い未来のことだと思っていました。しかし、たった7年の間に、状況は劇的に変わりました。クルマの自動運転の実用化が、にわかに現実味を帯びてきたのです。

 ことし1月に米国ラスベガスで開催されたエレクトロニクス関連の展示会「International CES 2013」で、トヨタ自動車は自動運転技術を搭載した試作車を発表しました(関連記事)。無人で走らせることが可能で、現在、米国ミシガン州の一般道などの公道で実験中だということです。ただしトヨタは無人運転を想定した車両ではなく、「安全運転技術の研究の一環として開発した」としています。

 この分野では、米Google社が先行しており、2010年に開発を発表し、その後に公道実験を行っています。ほかにも、米GM社、ドイツVolkswagen社などの完成車メーカーのほか、ドイツBosch社、ドイツContinental Automotive社なども熱心に開発に取り組んでいます。高速道路の本線限定ではありますが、GM社は2017年に自動運転車を商品化すると表明しました。一般の公道まで含めた自動運転についても、各社は2020年代の実用化を目指しています。あと十数年で、普通の道路を自動運転のクルマが走る日がやってくるかもしれません。

 もし自動運転が実用化されたら、魂の駆動体で描かれた世界のように、人間が運転してはいけない、という世界になるのはそう遠いことではないという気がしています。なぜなら、360度どの方向に対しても常に注意を払い、眠くなることも、よそ見をすることもない自動運転車のほうが、人間が運転するクルマよりも、原理的にはずっと安全なはずだからです。

 そのとき、人とクルマの関係はどうなっていくのでしょうか。魂の駆動体で描かれているように、人はクルマを私有することに価値を見出さなくなり、「無人タクシー」になってしまうのでしょうか。それとも、かつてのアニメーション「スーパージェッター」の「流星号」、あるいは、テレビドラマ「ナイトライダー」の「ナイト2000」のように、知能を持った頼れる相棒、に進化するのでしょうか。

 1月30日発行予定の「日経Automotive Technology 2013年3月号」の特集は「自動運転 世界で開発競争」。自動運転技術の最先端をまとめました。ぜひご覧ください。