リバース・イノベーションで反撃

 Qualcomm社にとって、現在のスマホのハイエンド市場ではTI社と韓国Samsung Electronics社が強敵である。一方、同ローエンド市場では、MediaTek社と中国Spreadtrum Communications社(展迅)が大きな勢力を有している。このようにQualcomm社は両市場において大きな圧力を受けている状況にあり、スマホ市場がハイエンドからローエンドへと拡大している現状においては、ターンキー・ソリューションを武器に反撃することは賢い戦略と言えるだろう。冒頭でも触れたが、技術でリードしている強者が、新興企業の成功体験でもあるビジネスモデルを採用することは、リバース・イノベーションの新たな展開であると考えている。

 繰り返しになるが、リバース・イノベーションとは、グローバル企業が新興国で製品や技術を開発して、先進国にもその製品と技術を展開することである。米General Electric(GE)社がインドで開発したインド市場向けの心電図検査セットが欧米でも売れている。そうした事例が『Harvard Business Review』で紹介されたことで、リバース・イノベーションが注目されるようになった。実は、本コラムでも、中国においてもそのようなイノベーションが始まっていることについて、2011年9月に「グローカリゼーションからリバース・イノベーション」と題して紹介している。その時、今後、その範囲はどんどん広がり、技術の範疇を超えて、広い意味のリバース・イノベーションとして、ビジネスモデルや経営管理などにも対象が広がる見通しと述べた。Qualcomm社が、MediaTek社が最初に生み出したターンキー・ソリューションのような開発プラットフォームを提供することは、そのような動きが現実に出てきていることを示している。

 Qualcomm社の最新戦略は、技術型の企業にとって良い参考事例になる。技術優位性を保つには、技術に磨きをかけるだけではなくて、市場をよく理解して顧客価値を的確に把握した上で、それに適した商品とサービスを提供することも重要といえる。日本メーカーは、台湾や中国、韓国メーカーの勢いを恐れず、“他山の石以て玉を攻むべし”の如く、謙譲に新興企業を見習い、顧客のニーズを十分理解すれば、勝ち抜ける実力がまだ十分にある。

 Qualcomm社の反撃で、スマホのローエンド市場における競争は激しくなるが、MediaTek社の市場がなくなると思わない。技術が安定して市場が見えてきたとき、競争のカギを握るのは、価格、そして新たな顧客価値を提供できるサービスだ。Qualcomm社といえども、コスト競争力と中国市場における営業力という点では、MediaTek社に及ばないはずだ。さらに、MediaTek社は中国市場に安住せずに世界攻略も始めている。例えば、2年前にはNTTドコモと提携し、LTE(Long Term Evolution)の通信プラットフォーム「LTE-PF」のライセンス契約を締結している。

 Qualcomm社は、通信方式の1つであるCDMA(Code Division Multiple Access)に関する多数の特許を持ち、技術優位性とブランド力ではダントツである。一方、MediaTek社はエレクトロニクス関連部品・製品工場の世界最大の集積地である華南に身を置き、価格とサービスで優位性を持つ。今後は、MediaTek社のような新興企業が破壊的なイノベーションで進撃を図る一方で、Qualcomm社のような大手企業がリバース・イノベーションによって反撃を繰り広げ、新たな競争局面を迎えることになるのではなかろうか。