躍進の原動力となったターンキー・ソリューション

 1997年に台湾で創業されたMediaTek社は、現在ではグローバルでも携帯端末(携帯電話機)/テレビ向け半導体の大手メーカーだ。後発にもかかわらず、米Texas Instruments(TI)社やQualcomm社を追いかけ、携帯端末向けの主力LSIチップメーカーへと躍進した。その成功の原動力となったのが、ターンキー・ソリューションだ。

 ターンキー・ソリューションとは、中核となるLSIチップセットに加え、同チップセットを使って携帯端末を実現する際に必要となる電気回路設計、機構設計、ユーザー・インタフェース(UI)設計、アプリケーション開発、各種のテストなどに利用できるソリューションを含めたもの。これを使用するメーカーは、独自に開発を行わなくても、「turn the key」のように、スイッチをオンにするだけでそのシステムを利用できることから、そう呼ばれている。

 携帯端末メーカー側で開発が必要になるのは外観やUI画面ぐらい。その後は関連部品を購入して組み立てれば携帯端末を造れるので、携帯端末はより安く、より簡単に、より速く生産できるようになった。この効果で、中国では大手以外の企業も携帯端末を製造するようになってきており、実際、中小メーカーや零細メーカーが「山寨機」と呼ばれるノーブランドの携帯端末を大量に生産している。それらの端末は、中国国内だけではなく、中東、インド、アフリカなどでも販売されている。携帯端末の激しい販売競争が繰り広げられる中、MediaTek社はそのコアとなる武器を提供する限られたサプライヤーとして、端末メーカーの誰が勝ち、誰が負けるかに関係なく、武器提供者として最大の受益者となったのである。MediaTek社の創業者である蔡明介氏は、中国では「山寨王」とも言われている。

 MediaTek社は最初から「ターンキー・ソリューション」の提供を目指していたわけではないと筆者は考えている。同社が携帯端末向け事業を開始した当時、大手携帯端末メーカーと大手チップメーカーの間には強いパイプが既に存在しており、実力や知名度が低いMediaTek社にとっては既存市場に入り込む余地がほとんど残されていなかった。そうした状況の中、中国市場を熟知する同社が目を向けたのが、多くの企業が熱い視線を送る大手メーカーではなく、中小メーカーだった。MediaTek社は、エレクトロニクス関連部品・製品工場の世界最大の集積地である中国華南エリアに多くのリソースを投入しており、エレクトロニクス関連部品・製品メーカーが何を欲しているのかを、競合他社に一歩先んじて理解した。そこで感じ取ったのが、技術力がまだ低い中国市場における「ターンキー・ソリューション」へのニーズだった。MediaTek社にとっては、仕方がない選択だったかもしれない。しかし、それがかえって新たな顧客を発掘するきっかけになったのだ。

 ターンキー・ソリューションの登場と普及で、携帯端末製造のハードルは劇的に低くなり、多数のメーカーが参入した。それにより、大手半導体メーカーと大手携帯端末製造メーカーで構成されていた携帯電話機の業界の構図は完全に塗り替えられ、MediaTek社も大手半導体メーカーの仲間入りを果たしたというわけだ。ターンキー・ソリューションは正に破壊的なイノベーションと言ってよいだろう。