「ニーズに対して、どんなシーズが必要なのかを考えていくと、必ずしも最先端の技術が必要になるケースばかりだとは限りません。時代遅れと思われている技術であっても、ニーズを満たす場合があります」――。

 2002年にノーベル化学賞を受賞した、島津製作所 シニアフェローの田中耕一氏。同氏は今、内閣官房の医療イノベーション推進室に参画するなど、日本のものづくり力を生かした医療のイノベーションの必要性を説いています。冒頭のコメントは、筆者が2012年1月に同氏にインタビューした際の、「エレクトロニクス技術者などが医療の分野に参加するに当たり、重要なことは何か」という問いに対する回答の一部です(Tech-On!関連記事)

 筆者は、このコメントがとても印象に残っています。エレクトロニクスやICTを活用した医療・健康・介護、いわゆる「デジタルヘルス」に関する取材をここ数年続けている中で、同分野への参入を考える企業がこのコメントのような意識を持つことの重要性を、筆者も強く感じていました。その考えを、“時代遅れ”とは対極の“超最先端”とも言える技術の研究開発を手掛ける田中耕一氏の口から直接耳にしたことで、ある種の驚きとうれしさを覚えたからです。

 医療・健康・介護は一般に、さまざまな業種と比較して、デジタル化が遅れている分野の一つと指摘されています。つまり、これまでは、エレクトロニクスやICTの活用があまり進んでいなかったわけです。しかも、医療・健康・介護の現場におけるイノベーションへのニーズも、なかなか周辺に伝わってきていません。

 デジタルヘルス分野の開拓に積極的な姿勢を見せている村田製作所の取締役 常務執行役員である家木英治氏は、次のように語ります(関連記事)。「実際に現場の話を聞いてみると、『え?』と思うことが多々あります。『それは、すごいメリットになりますね』と言われても、『え、そうだったのですか。考えもしませんでした…』といった具合です。ニーズを把握するには、細かく現場の話を聞いていくしかないでしょう」――。

 エレクトロニクスやICTを医療・健康・介護に生かそうと考える際、決して最先端の技術の活用にこだわらず、ニーズを満たす技術は何かという意識をより強く持つことが大切だと筆者が考える理由は、こうしたことにあります。その結果として、田中耕一氏のコメントにもあるように、「時代遅れの技術」によって大きなイノベーションを起こせる可能性もあるわけです。

 2012年11月にドイツのデュッセルドルフで開催された、世界最大の医療機器展「MEDICA 2012」(Tech-On!関連記事一覧)。同展示会での話題の一つは、主に内視鏡分野における3D(3次元)映像技術の活用でした。3D技術と言えば、民生分野においては既に「時代遅れの技術」と評される一つかもしれません。ところが医療の分野では、その3D技術を活用することによって、これから大きなイノベーションが起ころうとしているのです(詳細は、日経エレクトロニクス2012年12月24日号の解説記事「3Dの活きる道は医療にあり」に掲載)。

 これはあくまで一例ですが、他にも同様のケースはたくさんありそうです。医療・健康・介護のイノベーションに向けて、求められている要素技術は、最先端、時代遅れを問わず何なのか。引き続き、こうした視点を持ちながらデジタルヘルス分野の取材を続けていく考えです。

 なお、田中耕一氏には、日経エレクトロニクスとデジタルヘルスOnlineが2012年11月21日に開催した「デジタルヘルス・サミット2013」において、「日本のものづくり力を医療に」と題してご講演いただきました。この講演の様子は、日経エレクトロニクス1100号記念号(2013年1月21日号)に掲載予定です。