「絵が描ければ,できたも同然ですから」

 最終審査後,開発資金を手にしたことで,はんだごての開発は急ピッチに,かつ順調に進んだ。オーディション時は,アイデアをスケッチした設計図とも言えない「絵」しかなかったにもかかわらず,である。

着想の原点は放電加工にあり

さまざまな資料や研究道具が所狭しと置かれているIJRのオフィス。中央の人物がIJR代表取締役社長の戎章夫氏。
さまざまな資料や研究道具が所狭しと置かれているIJRのオフィス。中央の人物がIJR代表取締役社長の戎章夫氏。
[画像のクリックで拡大表示]

 とはいえ,戎が描いたはんだごての絵は,これまでの技術の蓄積を存分に生かしたものである。例えば,Pbフリーはんだがはんだ付けしにくい理由の一つである,溶融温度が高いという問題。従来のはんだごてでは,はんだに十分熱を与えられず,しっかりとはんだを溶かしてから接合させるのが難しかった。しかし,単にこて先の温度を高くするだけでは,こて先の熱ではんだ付け部周囲の電子部品を壊してしまう恐れがある。そこで戎が考えたのは,こて先の急峻な温度変化を可能にし,周囲の電子部品に影響を与えないうちに,Pbフリーはんだだけを素早く溶かしてしまうという手法である。

 この手法を着想した原点は,戎がかつて携わっていた放電加工技術にある。放電加工は,ごく短い時間に高いエネルギーを与えることで金属を加工する,いわゆる高エネルギー密度加工法の一つ。小さなエリアに高いエネルギーを投入して加工するという発想を,はんだごてにも持ち込んだのである。急峻なこて先の温度変化を実現するため,熱容量が小さなヒーター技術を開発し,それをこて先部分に実装した。これにより,Pbフリーはんだの実装に十分な250℃程度まで,こて先の温度の制御が可能になった。