もし上海で地下鉄に乗る機会があり、20代、30代の若い世代のカップルが居合わせたら、彼らが手にしている携帯電話機を観察してみてほしい。女性は米Apple社の「iPhone」や韓国Samsung Electronics社の「Galaxy SⅢ」などのハイエンドのスマートフォン(スマホ)、かたや男性は、ZTE社やHuawei Technologies社(華為技術)、Lenovo社(聯想)などの中国系が「1000元スマホ」(1元=約13円)と銘打って1000元台の価格帯で出しているローエンド機、という組み合わせが多いことに気付くだろう。もちろん、男性が女性にねだられ最新の高級機を買ってやり、その分、自分は安いモデルでがまん、という構図だ。上海は娘を嫁にやる際、男性やその両親がマイホームを購入できなければ結婚に同意しないという土地柄。日本以上に「男はつらいよ」なのである。

 その上海のある中国で、Apple社の新型スマートフォン「iPhone 5」が2012年12月14日からいよいよ発売されることが決まった。同年9月21日から発売を開始した日本や米国から遅れること約3カ月だが、中国で最も家電が売れるシーズンの1つである2013年初冬の春節(旧正月)前はもとより、クリスマス商戦にもギリギリ間に合う時期の発売決定を、iPhone 5を扱う通信キャリアや家電量販店は歓迎しているようだ。もっとも、ガールフレンドや奥さんからクリスマスプレゼントにiPhone 5をねだられることになった上海の男性は、その限りではないのだろうが。

中国でiPhone 5が正式に発売開始となる1週間前の2012年12月7日、「中国の秋葉原」と言われる広東省深センの華強北では、当たり前のように既にiPhone 5が売られていた。カウンターには「越獄」(ジェルブレイクします)の文字も見える。

 さて、中国ではまだiPhone 5の発売前だというのに、EMS(電子機器受託生産)/ODM(Original design manufacturer)業界や台湾市場では、早くも2012年11月上旬から、次世代モデル「iPhone 5S」の話が出始めた。

 台湾メディアで最も早かったのは、経済紙『工商時報』。同年11月12日付で同紙は台湾業界筋の話として、AppleがiPhone 5Sと名付けた次世代モデルを2013年第1四半期に大量出荷すると報道。サプライチェーンとして、アセンブリの台湾Hon Hai Precision Industry社〔鴻海精密工業、通称:Foxconn(フォックスコン)〕の他、クリスタルモジュールのTXC社(晶技)、カメラレンズのLargan社(大立光)とGSEO社(玉晶)、コネクタのFoxlink社(正崴)、フレキシブルプリント基板(FPC)のZDT社(臻鼎)とFlexium社(台郡)の台湾系をはじめ、レンズユニットのカンタツ(旧関東タツミ電子)とコニカミノルタ、FPCのフジクラ(Fujikura)など日系の名前を挙げた。

 12月に入ってからも、iPhone 5Sの情報は続いているのだが、一連のうわさや報道に共通するのは、「次のiPhoneはこんなに凄いらしい」とか「こんな機能が搭載されるらしい」という、スマートフォン市場を牽引してきたiPhoneならではのポジティブな話が一切出てこない、ということ。

 ではどういう話なのかとえいば、市場に出たばかりのiPhone 5で生産の歩留まりが改善しないことに業を煮やしたApple社が早くも見切りをつけ、予定よりも前倒しで次世代モデルの投入を決めたというもの。そして、いつまでたっても歩留まりが悪いとして台湾メディアがやり玉に挙げているのは、Apple社がiPhone 5で初めて採用した、「インセル」(In-Cell)と呼ばれるタッチ・パネルの技術である。